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しあわせ図鑑 29

 改札を出て空を見上げると、雲ひとつない青空だったよ。  まだ朝なのに、日差しが強くて暑いなぁ。 「芽生、ほら、おばあちゃんの日傘に入って」 「うん!」 「おばあちゃん、疲れてない?」 「大丈夫よ」 「よかった!」  おばあちゃんの日傘の下は、とても涼しかった。  いつもボクを大切にしてくれるおばあちゃん。ボクはまだ子どもでお世話になってばかりだけど、いつか恩返ししたいんだ。  今日は弁護士会のサマースクール。  憲吾おじさんのところで、法律のことを勉強できる日だ。  ずっと楽しみにしていたから、ワクワクで胸がいっぱいだよ。  建物の前に着くと、大きな横断幕がかかっていた。 『ようこそ! 小学生サマースクールへ』 「さぁ、楽しんでいらっしゃい。帰りは宗吾と瑞樹が迎えに来るからね。私はここで帰るわ」 「うん! おばあちゃん、ありがとう!」  よーし、今日一日がんばるぞ!  エントランスに入ると、黒いスーツに銀縁眼鏡の人をすぐに見つけた。  あっ、憲吾おじさんだ。  おじさんは、他の人たちにテキパキと指示を出している。  わぁぁ、いつもよりずっと大人で、かっこいい。  まるでテレビのニュースに出てくる人みたいだ。  おじさんがボクに気づくと、さっと片手をあげて微笑んでくれた。 「芽生、よく来たな」 「おじさん、今日はありがとうございます!」  おじさんみたいに背筋を伸ばして答えたら、やる気が湧いてきた。  受付をして会議室に通されると、ボクより大きなお兄ちゃんたちがいっぱいで、少し緊張する。  開会の挨拶のあと、最初のプログラムがすぐに始まった。  まずは「法律クイズ」。  大きなスクリーンに問題が映し出される。 「皆さんに質問です。道で物を拾ったとき、すぐ自分の物にしていいでしょうか? わかる人は手を挙げて答えてください」  会場が少しざわついた。みんな恥ずかしがって手を挙げないみたいだ。  よーし、じゃあ!  ドキドキしながらも、思い切って手を挙げた。 「はい、えっと、滝沢芽生くん、どうぞ」 「ダメです! 交番に届けないといけません!」  司会の弁護士さんが、笑顔でうなずいた。 「その通りです。拾ったものをすぐ自分の物にすると『拾得物横領』という犯罪になります」  それ知ってる!  憲吾おじさんから教えてもらったことだよ。  心の中でつぶやくと、おじさんと目が合った。  小さく頷いてくれたのが、うれしかった。  次の問題も、知っている話だった。 「道を歩いていたら、友達が信号を無視しそうになりました。どうしますか?」  ボクは迷わず答えた。 「絶対に止めます! 危ないし、友達を守りたいから、止めます」 「素晴らしいですね。ルールを守ることは、自分も人も守ることになるんですよ」  会場のみんなが拍手してくれた。  胸の中に、ぽっと小さな灯がともる。  おじさんはボクと出かける時、いつもいろんなことを教えてくれるんだ。  それって、とても大切なルールだったんだね。  やっぱり憲吾おじさんはすごいな。  ボクもおじさんみたいに、大切な人を守れる人になりたい。  その気持ちがますます強くなる。 **** 「瑞樹ちゃん、具合でも悪いのか?」 「えっ、そんなことないよ」 「今、ぼーっとしてたぞ」  夜更けまで宗吾さんと一緒にいたせいで、少し体がだるいのかもしれない。 「なぁ、ちょっと休憩しようぜ」 「うん」  給湯室に行くと、菅野が自販機で缶のおしるこを買ってくれた。 「えっ、こんなのあったっけ?」 「へへっ、投書箱にリクエストがたくさん届いたらしいぜ」 「くすっ、組織票かな?」 「かもな」  あんこ好きの恋人を持った菅野は、すっかりあんこ好きになった。  だから僕もつられて、ほっとする甘さに癒された。 「甘くておいしいね」 「だろ、あんこは正義だからな」 「ふふっ、小森くんは元気?」 「あぁ、毎朝、流さんの滝行に付き合っているそうだぜ」 「え……そうなんだ」 「もっと体力をつけたいんだってさ」  体力って、つまり……あれかな?  僕も負けてはいないつもりだけど、宗吾さんには敵わないな……  つい、昨夜のことを思い出して耳が赤くなると、菅野に笑われた。 「へへっ、瑞樹ちゃんの脳内、今、ピンク色だろ?」 「えええっ」 「ははっ、瑞樹ちゃんも大人になったなぁ」 「も、もうっ」  宗吾さんといい、菅野といい、僕っていじられやすいのかな?  でも、こんな風に笑い合える友人がいるのは、すごく嬉しいことだ。 「ありがとう。あんこのおかげで、元気が出たよ。今日は早く上がるためにも、頑張るね」 「お、デートか」 「うん、宗吾さんと芽生くんと憲吾さんとね」 「いいな、みんな仲良しだもんな」 「うん」  安心してこんな会話をできる友人がいることに感謝しつつ、仕事場に戻った。  今頃、芽生くんはサマースクールで頑張っているだろう。  物怖じせずにハキハキと答える芽生くんの姿を想像しながら、僕も少しずつだけど、大切な人をしっかり支えられるようになりたいと願った。

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