1841 / 1863
しあわせ図鑑 31
模擬裁判は無事に終わり、次は閉会式だ。
そこで僕たち保護者は一旦外に出て、廊下で待つように言われた。
「瑞樹、芽生、すごく頑張っていたよな」
「はい、本当に素晴らしかったです」
「あのさ、親ばかかもしれないが、こういうのって嬉しいな」
「同感です」
宗吾さんと話していると、閉会式が終わったらしく、一斉に子どもたちが出てきた。
「父さん! お兄ちゃん!」
「芽生、お疲れさん」
「芽生くん、頑張ったね」
「うん! すっごく楽しかったよ!」
芽生くんはやりきった顔で、うっすら汗ばんだ頬に明るい笑みを浮かべていた。
模擬裁判での芽生くんの真剣なまなざしと勇気を思い返すと、胸がじんわりと熱くなる。
楽しかったとまっすぐ言える、その爽やかさと明るさが、僕は大好きだ。
「さてと、この後は兄さんに奢ってもらう約束だよな」
「はい、イベントの片付けが終わるまで、ここで待っていて欲しいとのことです」
「あ、あそこに憲吾おじさんがいるよ!」
「忙しそうだな」
若手の職員が沢山いるのに、憲吾さんは上役として指示するだけでなく、率先して動いていた。
その姿に、胸の奥がじんとした。
憲吾さんはぶれない。
どこまでもまじめで、有言実行の人なのだ。
脚立に跨りイベントのポスターを外す憲吾さんを見守っていると……通りがかりの人がぶつかって、脚立がぐらついた。
「あっ!」
危ない!
反射的に僕も宗吾さんも芽生くんも駆け出していた。
宗吾さんがさっと手を伸ばして落ちそうになる憲吾さんの身体を支え、僕と芽生くんは、ぐらつく脚立を力を合わせて押さえた。
「兄さん、大丈夫ですか」
「お前たち……みんな……あ、ありがとう。コホン……助けてくれて」
耳朶まで赤くして照れる憲吾さんの顔を見て、胸がじーんと熱くなった。
「……今の私には、こんなに助っ人がいるんだな」
その言葉に、僕の心も満たされていく。
僕も憲吾さんの助っ人になれたんだ。
「宗吾、瑞樹、芽生、ありがとう」
きっと憲吾さんの胸の中も、僕と同じようにぽかぽかしているのだろう。
その後は憲吾さんの案内で、弁護士会館の近くの喫茶店へ向かった。
「ここは学生時代から行きつけの店なんだ」
「へぇ、いい店だな」
「落ち着きますね」
「こういうの、レトロっていうんだよね」
「そうだ、よく知っているな。みんなが大切にしてきたお店なんだ」
店に入ると、憲吾さんは手をあげて、朗らかにマスターに挨拶した。
「やぁ、連れてきたよ」
「滝沢さん、席、キープしてありますよ」
「ありがとう」
憲吾さんが、外でも自然に微笑むことができる場所があってよかった。
きっとここは、昔から……憲吾さんの、心の拠り所なのだろう。
「兄さん、何が美味しい?」
「ナポリタンだ」
「わぁ、美味しそうですね」
「ボク、ナポリタンだいすき。あー、お腹空いたぁ」
「そういや俺も、はらぺこだ」
ぐるぐるぐる……ぐるるる。
宗吾さんと芽生くんのお腹が同時に鳴って、四人で思わず笑ってしまった。
ナポリタンは昔ながらの太麺で、ケチャップソースが香ばしくて懐かしい味がした。そして食べ終わると、マスターがサービスで小さなホットケーキを出してくれた。バターの甘い香りがふわりと広がり、テーブルを優しく包み込む。
「みなさんの笑顔、最高ですね。これは、いい笑顔を見せてくれたお礼ですよ」
マスターの言葉に、僕たちは顔を見合わせてまた笑った。
「はぁぁ、今日はすごくドキドキしたから、ほっとしたよ」
「芽生くんの発表、すごくかっこよかったよ」
僕が言うと、芽生くんは少し照れながらも、目をキラキラさせた。
「ありがとう、お兄ちゃん。実は、緊張して手が震えていたんだ」
「うん、でもそれでも前に出て意見を言ったの、すごいと思う」
「父さんとお兄ちゃんが見てくれてたから、勇気を出せたんだよ」
胸の奥がぽっと熱くなる。
僕の存在が、芽生くんの役に立てているんだね。
「じゃあ、これからもお互い、助け合っていこうね」
本心だった。
僕は芽生くんの言葉に、いつも救われている。
「あのね……」
芽生くんがふと真剣な表情で尋ねてきた。
「お兄ちゃんは、どうしていつもそんなに落ち着いていられるの? お兄ちゃんだって緊張したり、怖いと思うことあるでしょう?」
無邪気な問いに、少しだけ戸惑ってしまった。
けれど考えてみると、答えは自然に出てきた。
「うーん……それはね、守りたい人がいるからかな。怖くても守りたい人のために、ちゃんと立っていようって思えるようになったからだよ」
芽生くんの眼差しは、澄んでいてまっすぐだった。
「じゃあ、ボクも大事な人を守るために、これからも勇気を出してみるね」
僕と芽生くんは、そっと手を重ねた。
「お兄ちゃんとボクって、どこか似てる気がするよ」
「僕もそう思うよ」
「おーい、芽生は俺にも似てるぞ」
「芽生は私にも似てるぞ」
「えへへ、おじさんも父さんもお兄ちゃんも、みーんな大事だから、みんなに似てるなんて最高だよ」
守りたい人、支えてくれる人、信頼できる人。
大切な人たちに囲まれている安心感って、なんてあたたかいんだろう。
今日、芽生くんが見せてくれた勇気。
憲吾さんの背中から学んだまじめな強さ。
宗吾さんのおおらかな明るさ。
すべてが、僕の心を柔らかく、そして強くしてくれる。
――芽生くん、宗吾さん、憲吾さん。
今日も、ありがとうございます。
大切な人たちと過ごす時間は、いつも僕の心を満たしてくれる。
明日もまた、一歩、一歩、丁寧に
大切な人を想いながら、歩いていこう。
ともだちにシェアしよう!

