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しあわせ図鑑 62
折り紙で作った四つ葉のコースターをテーブルに置くと、まるで小さな原っぱみたいに見えた。
僕の原点。
僕の大好きな景色だ。
「あの、これ、もらっていいですか」
帰り際のお客様に声をかけられたので、もちろん即答した。
「もちろんです。ぜひお持ち帰りください」
「ありがとう」
そんなやりとりを何度も繰り返した。
遠くで芽生くんがガッツポーズをしているのも微笑ましい。
芽生くんが作ってくれた幸せが、ここから広がっていく。
やがて夕方になり、湖から爽やかな風が吹いてくる。
気づけば、ドーナッツは売り切れていた。
「なんと、完売したのか」
それに気付いたくまさんが、少し驚いたように言う。
その横でお母さんがほっとした表情で笑っている。
「ほんとねぇ、信じられないわ」
「よかった」
「瑞樹たちのおかげよ。さぁ、片付けましょう」
キッチンカーに入ると、そこにはまだ甘い蜂蜜の香りが残っていた。
僕は思わず目を閉じて、その甘い匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
そんな僕の様子を、宗吾さんが目を細めて見つめていた。
「なぁ、瑞樹」
「はい?」
「蜜が効いたな」
「はい」
「いい一日だったな」
「はい!」
僕の声も弾んでいた。
最初はどうなることかと心配したけれど、宗吾さんの一声で世界が変わった。
宗吾さんはすごい。
宗吾さんの前向きな考えが、みんなの背中を押したんだ。
だから好きなんです。
宗吾さんのことが――
思わず心の中で呟くと、宗吾さんには聞こえていたのか、ニカッと笑われた。
「瑞樹、サンキュ! 俺も好きだよ!」
「え、今、僕、口に出ていました?」
「以心伝心さ。いつも言ってるだろ」
そんなやりとりを芽生くんがニコニコ聞いている。
もちろん宗吾さんだけじゃない。
くまさんの諦めない気持ち。
お母さんの明るい声。
芽生くんが作った四つ葉のコースター。
みんなの前向きな気持ちがもたらした結果だ。
「瑞樹の笑顔、良かったよ」
「……宗吾さん」
「なんだ?」
「そういうところ、ずるいです」
「え?」
「いつもカッコ良すぎて、ますます……って、僕、何を言って」
頬を染めると、お父さんとお母さんと目があった。
僕の幸せは二人の幸せに直結しているようで、二人もとても幸せそうに笑ってくれた。
その晩、芽生くんが寝静まったあと、宗吾さんと外に出てみた。
「やっぱり星がたくさん見えるな」
「大沼の夜空は、幼い頃もよく見ました」
「誰と?」
「お父さんとが一番多かったかもしれません」
「へぇ」
目を閉じれば、僕を肩車してくれるお父さんの姿が浮かんでくる。
すると、お父さんの声まで聞こえてくる気がした。
……
「みずき、星が好きか」
「うん」
「じゃあ、お父さんは星になるよ」
「え? 」
「ずっとそばにいるってことさ」
……
小さな息子相手の意味のない言葉だったのかもしれないが、今となっては、とても深い言葉だ。
どんなに手を伸ばしても、星には届かない。
それでも、何かをつかめたような気分になった。
「何か掴めたか」
「はい、想いを……」
「瑞樹……俺の想いも受け取ってくれ」
宗吾さんと優しく唇を重ねた。
宗吾さんのキスは直球で、ストレートに想いを届けてくれる。
「んっ……あっ……」
だから僕も届ける。
出逢った頃は、切ない想いで交わしたこともあったが、今は幸せを分け合うような口づけに変わった。
ひとしきりキスをしたあと、宗吾さんにグイッと肩を組まれた。
こういう所も好きだ。
僕をちゃんと男として見てくれているのも好きだ。
「いい夏休みになったな」
僕は隣で強くうなずいた。
「はい、本当に」
甘い香りの残る夜風が、そっと頬をなでていった。
これが僕たちの夏休み。
大沼でみんなと作った幸せな思い出を抱えて、東京に戻った。
そして芽生くんの『しあわせ図鑑』は、夏休みの終わりに無事に完成した。
満足そうな笑顔で、夏休みの最後の日に芽生くんが言った。
「ここにはね、家族の思い出がぎっしり詰まっているんだよ。ボクは忘れないよ。この夏を――」
『しあわせ図鑑』 了
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