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特殊な現場
本社に到着して、同期の連中と雑談をしてから、報告書を仕上げて上司の元へ。現場にいるときみたいにしなくちゃいけないことが決まっている訳じゃないから、今日の仕事内容も聞かないといけない。
さて、機械のメンテナンスか新規顧客の開拓か。営業よりは機械いじりの方がいいなあなんてぼんやり考えながら向かうと、係長のデスクの前には、同じ年の山根がいた。
「お帰り、安原」
同じ年齢と言っても、高卒で入社した山根は四年先輩になる。新規採用時の基本給は大卒の方が上だが、職歴が長い山根には主任の肩書きが付いている。
机に肘を突いて会話していた大田係長と揃って声を掛けられて、「ただいま戻りました」と俺はお辞儀した。
差し出した書類にさらりと視線を撫で付けて、「はい、ご苦労さん」と係長は判を押し、さっさと決済済みの箱に放り込む。大したことは書いてないけど、もう少し丁寧に読んでくれていいんじゃないの、とは心の中にだけ留めておく。
次の指示を待つ俺を見上げて、係長は「そうだ」と目を見開いた。どこかうきうきしているように見える。
「山根、安原なんか適任じゃないの」
「はあ」
俺より一回り小さな山根は、じいっと俺を見て、何か考えている風だ。
適任、ということは、またすぐに別の現場に飛ばされるということか。
昨日、豪が女を連れ込んでいるのを見た瞬間から、俺の中にずっとくすぶっていた何かが、着火じゃなくて水を掛けられたようにじっとりと心の底に濡れてへばりついている。
何処にでも遣ってくれたらいい。豪から離れる理由が欲しい。
黙って待っている俺の前で、係長は引き出しからカラフルな小冊子を取り出した。全国にある大手ショッピングモールの入り口などに置いてある店内案内だ。
差し出されたそれを受け取り、ああ、二つ向こうの県だなと認識する。確かその県では最初にできたモールの筈だ。後から出来た同系列の他のモールや他社のアウトレットモールに対抗して、随分増改築を重ねていると聞いた。そこには開店前からうちが入っているはずだが。
訝しげに係長に視線を戻すと、俺の言いたいことが伝わっているのか、係長が苦笑していた。
「そこね、所長が辞めてうちの社員が常駐してるんだよ。で、今まで山根くんが夜間ヘルプで入っていたんだけど、そろそろ戻せって言われていてね。どうかな、次は安原くんで」
「夜間専門、ですか」
「いや、昼の常勤が休みの日は、出来るだけ日中にいて欲しい。夜間のスタッフはおおむね回っているから、ポジションは夜間になるけど、実際は両方だね」
モールは大体深夜も作業するから、夜間スタッフでは対応できないワックスや剥離作業を担当しつつの、日勤なんだろう。そこの現場は知らなくても、何処も作業内容は似たり寄ったりだから、俺は頷いた。
それを見て、隣の山根が肘で小突いてくる。
「ちょっと待て。係長、肝心なこと言ってないようですが」
「え、他にあったっけ」
「他に社員常駐のとこなんてないでしょう。どれだけそこが特殊なのか、安原は知らないんですよ。期間だって」
のほほんとしている係長に、山根が言い募っている。
そういえば、普通は現地採用で所長をとって、後はそこのスタッフだけで回してもらうのがここのセオリーだ。しばらくは社員が指導するけれど、軌道に乗れば、今日の俺みたいに本社に戻ってくる。長くて数ヶ月だ。
数ヶ月……そうか、その現場は、モールが開業してから何年も経っている。そこに社員がいるということ自体がおかしい。
そう気付いた俺に、ふたりの視線が集まっていた。
「これでも随分改善されたけど、現場はスタッフだけじゃ到底回らない。社員がいても、ちょっと厳しい。体験しなくても、予想はつくだろ」
「まあねえ。開店中にシフトのために僕までカート押す羽目になってるからねえ」
係長が点検以外で店内に出るなんて。それを聞いただけで、どれだけ無茶な人員配置なのか推察される。
「あとね、今は山根くんと……たまに林くんにも行ってもらってるけど、出来れば無期限で行ってもらいたいんだ。あっちが他と同じように回るまで」
数年経っても、軌道に乗っていない現場。それは、俺の経験にはないことだ。なんとなく想像は付いて、どうしてそこだけがそうなのか、行ってみないと解らないんだろう。
「すぐに答えを出さなくていい。おれだってなるべく早く戻りたいけど、今ならまだ交代で行き来してるからいい。次は、交代なしの行きっぱなしだ。焦れた上から、ごり押しされてるけど、まだかわせるから」
緩く笑いを浮かべている係長より、山根の方が真剣に訴えてくれる。その前でただ「わかりました。少し考えさせてください」と頷いた。
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