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Only one
自転車で来ていた植田さんは自転車ごと便乗して小野夫妻と代行で帰り、別の代行を利用して俺と豪も車と一緒にアパートに帰ってきた。
用件のみ口にするぎこちない空気の中、会計を済ませて別れてきた三人には、本当に申し訳なかったと思う。
それでも、豪の問題発言が俺のことに関するものだけで良かったと安堵していた。
紙袋に入れて持ち歩いていた作業着を洗濯機に放り込み洋間に入ると、ペットボトルのままイオン飲料水を飲んでいた豪が顎を上げた。
視線が絡む。
あの時、考えてはいけない、読み違えてはいけないと抑え込んでいた思考が動き始め、目頭が熱くなった。
「ごう」
ペットボトルだけが載せられている小さなテーブルの反対側に腰を下ろす。
最早逃げも隠れも出来ないし、するつもりもない。それは豪にとっても俺にとっても同じ事で。
だからこそ、豪の気持ち、掛け値なしの本音の部分だけを正確に汲み取らないと、言葉の上辺だけに打ちのめされてしまう。
「とっくに、解ってたんだろ?」
淡々と、豪が問うてくる。
解ってた? 何が?
「琉真自身がどんなに卑下していても、お前は魅力的だよ。その他大勢に埋没していると思ってても、そんなのお前と接する機会があれば、その時間が長ければ余計に気付くんだ。
俺なんて、園児の頃から判ってた。だからこそ、好きだって言いながら俺に受け入れられる未来を予定していないお前に腹が立った」
問い返す声は音を伴わず、ただ俺は、呆然と豪の言葉を受け止めた。
「志望校を変えて逃げ道を作ってから告白してきて。腹が立つから体だけでも繋いでおこうって思った。俺の気持ちなんて要らないって否定するから、わざわざ理由作って繋がって。
快楽を与えるのは俺だけでいい。拒否するお前からの快感なんて要らねえよ」
揺らぎのない真っ直ぐな眼差し。普段より潤んだように見える瞳を瞼が覆ったかと思うと、頬骨を伝って光るものが豪のジーンズに落ちた。
「なんなの、琉真。そんなの自己満足だろ? 好きだって言いながら、俺に何も求めない。わざわざ金貸してって頼んだりして、連絡を待って、主の居ない部屋で帰りを待ってる俺ってなんなんだよ」
「だっ、て……精液がって、便秘が、」
「イチジクで十分事足りるだろうが、この鈍感。だから彼女なんて作れねえって言ってんの」
続け様に「世紀の阿呆」「類を見ない大馬鹿」と罵られながら、俺は目を開いて睨んでくる豪を見つめていた。
俺は、豪の嘘なんて見破れると思ってた。だけど、そんなの思い上がりだったらしい。
嘘、ではないかもしれない。だけど、俺に言わなかった、示さなかったことが沢山。いや、それもきっと目の前にあったのに、ただ肝心の俺が見落としてきたことだったのか。
「俺は、ずっと昔から琉真のもんだって言っただろ」
――だからお前も、さっさと俺のものになれよ。
そう声を震わせた唇を、がむしゃらに貪っていた。
解りあえたようなそうでもないような、なんて思っていた前回よりもずっと丹念に愛撫した。
全身くまなく舐めてしゃぶって吸い付いて、くねる腰を見ては気を良くして更に豪を鳴かせて、もう駄目とか無理とか言われながら際限無く堪能した。
「好きだ、豪……」
「知ってる」
「愛してる……っ」
「俺も愛してるよ」
頭を掻き抱いて口付ける合間の告白に、掠れる声で応えを返して、もう力の入らない手のひらが、そうっと頬を包み込む。
口にしていたのに、その裏側で、奥底では否定していて、返されることを望んでいなかった想いが――
ほかでもない豪自身には伝わっていて、ただ待っていてくれていた。
待たせていたなんて、露ほども思い付かなかった俺を、この日まで責めることなく。
ああ、これから毎日、何度でも言うよ。
だからお前も、同じだけ返してくれ。
ずっと傍にいた。でも気持ちが交わっていない、これからも交わらない受け入れられる筈がないと意固地になっていた俺にくれることが出来るのは、お前だけなんだから。
少し時間は掛かったけれど、翌年度正式に男性スタッフによる店内サービスが稼働した。
その第一号のケースになったのが豪で、そのまま俺たちは一緒に暮らすことになる。
そんな未来もあってもいいんだって教えてくれたのも、豪で。
お前と一緒なら、オンリーワンを目指して、何処までも貪欲になれるよ。
だからずっと――ずっと、ずっと、傍にいてくれ。
Fin.
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