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Prologue

世界に5つある巨大大陸の1つ、西の大陸・ゼクフィーゴ。 その大陸のほぼ中央に広がる平野部に、4大国に名を連ね、ゼクフィーゴ大陸の約60%の領土を持つレイゴット帝国の首都、マクフェルがある。 別名「黒い牙」とも呼ばれ、その名の通り大陸から空へ向かって突き出た、獣の牙の様な、奇妙な形をした巨大都市である。 大きさは底辺部で直径約20㎞、頂上にある帝国城までの高さは約800mもあり、驚くことにその全てが人口の産物で、各所に様々な技巧が凝らされている。 そんな帝都の最上部、帝国城の更に上部にある一室では、今まさに新たな命が誕生しようとしていた。 大陸史1403年・水の月16日、夜明け前。 2番妃、レイチェルの寝室では、侍医と産婆をはじめ多くの侍女や乳母等が忙しく動き回っている。 「…皇子よ!…はぁ…はぁ……。…今度こそ……っ!うぐっ…!………皇子…を産んで見せるわっ…絶対…にっ………グアッ…!!」 2番妃レイチェルは、小柄で可愛らしい童顔ではあるが、豊満な肉体と赤銅色の髪がとても魅惑的な女性である。 まだ23歳と若く、体力気力ともに十分なはずなのだが、第一子が皇女であったため、皇子を望むあまり、まるで魔物が憑り付いたような様相になっている。 レイゴットの大貴族・ラマール伯爵の娘として蝶よ花よと甘やかされて育てられた事もあり、もともと高慢で我儘な性格ではあるが、それでもあまりの変わりように、侍女達も怯え始めている。 「2番妃様、どうかお気を静めてください。さあ、ゆっくり息を吸って……」 実家から派遣されている産婆が懸命に諭す。 「……がっ…っ!!……皇子っ!……はぁっ…うっっ…く、ククッ…くはっ!…ククッ」 突如笑い出したレイチェルに、いよいよ周りが動揺しだす。 「2番妃様!?どうなさいました!?…2番妃様!」 「レイチェル様!」 「2番妃様っ!」 しかしレイチェルは焦る周りの者達を押しのけ、寝台からゆらりと立ち上がった。 顔を歪め奇妙な声で笑いながらも、瞳は昏く澱んでいる。 その姿は最早人とは思えず、誰もが悲鳴を上げてしまいそうになったその時。 ヒュン! ドン! レイチェルの指先から火の玉が繰り出された。 「全員出て…っ…出て行けっ!!!……クククッ!ほら……ククッ早く出ないと焼け焦げるわよ…クク…クク……ククッ」 ヒュン!ヒュン!バン! 「キャー!」 「キャー!ご、ご乱心ーっ!」 たちまち室内は悲鳴と焼ける臭いで満たされてゆく。 まさか第二王妃相手に攻撃する訳にはゆかず、結果、蜘蛛の子を散らすように、寝室からは全員が出て行った。 しかし部屋を離れる訳にもゆかず、皆、外から中の様子を伺うが、2番妃の奇声や呻き声と笑い声、何かを壊すような破壊音が響く。 そのまま誰も何もできず約2時間が過ぎたころ、 「ギャーッ!!!」 尋常ではないレイチェルの叫び声に、産婆や侍医が慌てて部屋に入ると、そこには白のネグリジェを血で真っ赤に染めたレイチェルと、黒焦げに焼けた何かの残骸、そして寝台の下には明らかに今生まれたばかりであろう、これまた全身真っ赤に染まった赤子の姿があった。 慌てて乳母が抱き上げ、侍女を連れて産湯を使いに走る。 その間もレイチェルはブツブツと何事かを呟き、時に笑い、奇声を上げ続けている。 それを必死に宥め、侍医と産婆が後産の処理をしてゆく。 やがて産湯を使った乳母が、赤子を抱き興奮した様子で戻ってきた。 「皇子です!おめでとうございます、レイチェル様!皇子様ですよっ!」 それを聞いた周りの者も次々とレイチェルに賛辞を告げるが、赤子の姿を目にした瞬間、 「コロセ!殺せ!…その子供を殺せーっ!」 悪魔の形相をしたレイチェルが、乳母に掴み掛る。 「ひぃっ!!レ、レイチェル様、何をなさいます!?お、おやめくださいましー!」 その後、「帝国城・悪夢の一夜」と呼ばれる事件は、体裁を気にしたラマール伯爵により真実を隠匿された。 対外的には、レイチェル妃は待望の皇子を産んだものの、死産であった事が原因で心身を病んでしまい、現在は実家ラマール伯爵家の別荘にて療養中、とのみ伝えられた。 Prologue END

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