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第3話

 何回もそんな風に考えては、そうは思えなかったあの日のことを思い返し首を捻る日々。  その思考を止めたのは、鳴り響いたインターホンだった。 「……響?」 「久しぶり」  突然家に現れた響は、なぜか大きなダンボール箱を抱えていた。  その口ぶりからして別に宅配のバイトを始めたわけでもなさそうだから、首を捻ってドアを大きく開く。 「とりあえず入れよ」  わからないままに中へ招くと、響は素直に「おじゃまします」と入ってきた。  そして部屋に入るとダンボールを床に置いて、俺の方へ押してくる。 「あげる」 「なに、プレゼント?」 「まあそんなとこ」  プレゼントにしては包装もないただのダンボール。動かすとがしゃがしゃと音がするそれをひとまず開けてみると、そこには大量のCDが詰まっていた。  一番上にはいつか見た、裸の男二人が抱き合い、その片方には猫耳がついているジャケットのCDがある。どうやらあの時のCDが発売されたらしい。  それにしては大量すぎるCDの山に、在庫処分かよと思ったけど、どうにもジャケットが違う。つーか絵が違う。全部違うCDだ。  露骨に男同士が絡み合っているものもあれば、スーツ姿の男が二人立っているだけのものもあるし、一見環境音のCDかって見た目のもある。だけどこの感じじゃどうも全部が同じ類のもののようで。 「これ、例のだよな? こっちは?」  とりあえず一番わかりやすい猫耳CDを手にして聞いてみる。片手には見覚えのあるイラストが描かれていて、もう片方には同じ二人だけどポーズが違うものがある。 「実は最初のCDが口コミで人気が出て、シリーズ化が決まって、それと、これと、これに続いて」 「シリーズ化? 好評だったってこと? じゃあこれは?」 「それを聞いたプロデューサーさんが出てくれってオーディションなしで決まって、で、こっちに派生して、あれよあれよという間に」 「これ全部?」  こくん、と頷く響にさすがに唖然とする俺。  このCD全部に出演してたなら、そりゃ忙しいというのも当然で、つまりこれが会えなかった理由で、逃げられていたわけではなかったってこと。ていうかものすごい量なんだけど、BLのCDってこんなに出てんの?  さすがに未知なる世界のことすぎて、とりあえず口コミとはと軽く検索をかけてみれば、出るわ出るわ「リアル」の文字。リアルすぎるとかリアルにヤってるみたいとかエロ過ぎるとか、天性の受けとか他にもよくわからない用語でとにかく興奮されている。  どうやら『練習』の成果がバッチリ出過ぎてしまったらしい。  確かにリアルであれだけエロい喘ぎが出来たんだから、それを思い出せば本気で感じているように思わせるのも可能、なのか?  なんにせよ響にはその才能があって、それがあれで開いたってんだったら、すごいことだけど。  ……改めてこのCDの枚数分違う男相手に演じているのかと思うとそれはそれでだいぶ複雑ではある。そのせいで忙しくなってすれ違うようにもなったんだし。 「……んで、今日はこれを届けに来ただけ? 売れっ子になったって自慢か?」 「残念ながらまだまだ新人ですし」  言った響は、そっとダンボールを閉じてそれを脇に寄せてから、あの時のように視線を逸らした。 「あの、さ」 「なにかお悩みが? 新人声優さん」  言いにくそうな様子にそう水を向けてやれば、響はまたこっくり頷いてマンガを二冊出してきた。違いはあれど、BLだってことは表紙を見ればわかる。 「次の役、同時期に似たようなのやるんだけど、違いが出るように練習させてくれない?」 「実地で?」  遠回しなのかストレートなのか。  その問いかけに思わずにやついてしまったら、ちょっと口を尖らせられてしまった。 「……一人で練習してもいいんだけど」 「ばーか、二人でするに決まってんだろ」 「うわっ」  もちろん久々に会って、こんな誘い方をされて逃すわけはなく。  のろい響をベッドに引きずり上げ、それから最初よりも格段に良くなった声を堪能することに専念した。  CDを流しながらの倒錯プレイはまた今度。  ……それにしても、だ。  声だけ聞けば、大げさではないのにエッチが大好きで言外にもっとってねだるような感じなのに、体は正反対にまだ全然慣れてなくて、時折いいところを突かれては声が上擦っちゃうリアルさのギャップがたまらなくて。  声優ってすげぇなと変なところで感心しながら熱心に『練習』をしていたら、次の日にその大事な声をがらがらにさせてしまった責任は、どうやって取りましょう……?

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