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1.現在・智①
世の中には渡っちゃいけない川ってのが何個かあるんだと思う。
一番重要なのはもちろん三途の川だ。あれを渡ったら最後、もう二度とこの世には戻れないから。別に今は生死の境を彷徨ってるワケではないし、死にたいってワケでもないので関係ないんだけどね。この川を渡るのは事故にでも会わない限り数十年後のハズだ。
オレら男にとって問題となる川はアレだ、同性愛の川だ。もし迷ってるんなら絶対渡らない方が良い。くるっと回れ右してそんな川があること自体を忘れて、元の健全な世界で生きていくことをオススメするよ。特にネコの場合はね、渡ったら最後絶対戻れないと思った方が良い。この川はタチにとっては浅く緩い流れで戻れる人もいるけれど、ネコにとっては深く激流の川となる。戻ろうと決心して川に飛び込んでも、気がつけばやはりこちら側、同性愛の岸辺に立ってるんだ。
後ろの刺激だけでイケる身体になっちゃったらもうダメだよ。オナニーしたって、誰かに突っ込んだって、それだけじゃ物足りない身体になっちゃってるんだから。そう、後ろがうずくんだよ。刺激が欲しくてたまらなくなるって寸法。
だから、ちょっとでも迷いがあるんなら絶対渡っちゃダメなんだ。
週末のゲイバーは平日に比べるとかなり賑やかだ。休日に向かって、ちょっとくらいハメをはずしたいって人がたくさん。それは酒だったりおしゃべりだったり一夜の戯れだったり人それぞれ。ここは馴染みのゲイバーで、何人かの常連とは顔なじみだったりもする。
酒の弱いオレがここに来る目的はおしゃべり一択。自分の性癖を気にせずワイワイできるのはやはりゲイバーに限る。たまに誘われたりもするけれど、オレが応じることは滅多にない。ここに来る連中は皆ワケありで、無理強いする人はほとんどいないのが有難い。
「よう! 相変わらず可愛いモン飲んでるなぁ」
「酒が飲めないんだから仕方ないじゃん。しかもコレ美味いぜ」
透き通ったブルーのノンアルカクテルを飲みながら、オレはそう答えた。
オレは酒が飲めない。飲んでもビールをグラス1杯が限度だ。仕事をしてれば飲み会とかは必ずあるもので、そんなときは乾杯のひとくちだけ飲んで、あとはウーロン茶とかにしている。下戸のサラリーマンってのはいろいろ面倒な場面もあるが、周りに助けられて何とかやっているところだ。
今夜ここで待ち合わせしてたのは高梨信一ってヤツ。高校の同級生。こいつは今はとある食品会社の営業で、たしか課長補佐になったんじゃなかったかな。
ノンケだったはずなんだが、大学時代に男に惚れて今では立派なゲイ。まあ本人はバイだって主張してるけど、大学以降の付き合いの中では男以外の相手は見たことがない。
いろいろあって、信一が唯一学生時代からの付き合いが続いていて親友だ。
ふと見ると信一の後ろにもうひとり。
「なんだ、タケルも来てたんか。よっ!」
「先輩にムリ言って付いてきたんですよ。こんばんは智サン、お久しぶりです」
横川タケル、27歳。こいつは信一の会社の後輩だ。こいつもオレらの同類でゲイだ。自分の部署に同じ性癖のヤツがいて、お互いかなり驚いたらしい。仲の良いふたりなんで付き合っちゃえばって思ったこともあったんだが、どちらもタチで身体の関係は無いんだとか。まあ……オレとはあったり無かったりなんだけど。
「で、話って何?」
「うん、この前高校の同窓会があったじゃん。その時の画像が何枚かあるから見せちゃろうかと思ってさ。ついでにみんなの近況報告」
「へぇ~、みんな元気だった?」
「雅人以外は元気だったな。あいつは嫁さんの尻に敷かれてペッタンコだったよ」
それから暫しの間、信一は仲が良かったヤツらの近況を教えてくれた。
高校時代は小さな悩みはあったものの、それもひっくるめてキラキラ輝いていた毎日だったような気がする。オレたちの未来はこれからで、いろんな選択肢が目の前に広がってて、不安はあるものの、その一歩を踏み出そうとしていた頃。オレにとっての大事な思い出の時代だ。
「亮介も来てたよ。元気そうだったぜ。近況聞きたい?」
「ヤメとく。元気ならそれでいいよ」
元気なら……。
亮介……。
「智サーン、今夜は久しぶりにオレと遊ばない? って言うか遊んでよ」
「たまには相手したげたら? ずーっと会いたいって煩かったんだぜ」
「えー、メンドクサイ」
「そんなこと言わないでさ、たまにはオレと遊ぼ♪」
「ってことで、後はふたりで楽しくやりな。オレ帰るから」
ヒラヒラと手を振って信一は帰って行った。
事情を知ってるこのふたりはオレに優しい。きっと信一の方からタケルに声をかけて連れてきたんだと思う。そしてそんなふたりに甘えてるオレ、最低だ。
「難しいことは何も考えないでさ、オレに甘えてよ」
「年下にか? 信一の後輩にか?」
「たった2歳じゃん。それに背はオレの方が高いですよ」
「……ったく。どいつもこいつも皆背が高いんだから」
「智さんはそれくらいが丁度良いんですよ」
そう言ってにっこり笑ったタケルの笑顔にちょっとだけ救われる。
部屋の中に充満するのはオスの匂い、水音、そしてオレの喘ぎ声。
「あっ、んぁっ、ぁぁまたっ、またイクッ」
タケルの大きな杭がオレを貫く。その度に全身が泡立ち目に星が飛ぶ。もう何度精を吐き出しただろう?
過ぎた快感は苦痛を生む。それでもタケルは止めない。オレを煽り愛撫し翻弄する。頭の奥の方で「嗚呼オレを気絶させたいんだな」と思った。
「タ、タケル、嗚呼もう、もう…ダメ」
「ダメじゃないでしょ。もっとイッてよ、智サン」
「ああもぅ……、もっ、あっ、んぁぁぁぁあああああぁぁぁぁ――――――ッ」
もうこれ以上出るモノが無くて、なのにオレを襲うこの感覚に、ああドライでイったんだなって思いながら意識が沈んでいった。
「智サン、智、愛してる」
意識を失う直前にそんなタケルの言葉を聞いたような気がした。
タケルはオレのことが好きだと言う。恋人同士として付き合って欲しいと真剣な目で言われたこともあった。応えられたら良かったのにと今でも思う。でも出来ない。オレの心はタケルには向かないから。
「なら身体だけでも。そのうちに情が湧いてオレのこと好きになるかもしれないでしょ」
それからオレたちは、時々こうやって身体を繋げる付き合いが続いている。
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