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15.現在・亮介④
「フッ……、ぐっ」
透さんと話した後、かなり長い間オレはそこに座ったままでいた。透さんが帰った後もずっと。茫然自失と言ったかたちで動けなかった。
帰宅してからはずっと酒を飲み続けている。酒に逃げるなんて弱すぎるとは思うが飲まずにはいられなかった。でも、これだけ飲んでるにもかかわらず頭の中は冷えていて、待ち望んだ酩酊感はやってこなかった。だから、ただオレは静かに涙を流しながら飲み続けた。
まさか智が勘当されてるとは思わなかった。オレが家族の中でのうのうと暮らしてたとき、智はひとり孤独で寂しい時間を過ごしてたんだ。何故だ? 責められるのは智ではなくオレの方であるべきだ。智は何も悪くないのに、何故智ひとりがツライ思いをしなきゃいけなかったんだ?
「それで智は? 智は元気なんですか?」
「元気だったよ。智とは先日久しぶりに会ったけど穏やかな顔をしていた。仕事も順調だそうだ」
透さんのその言葉だけが救いだった。
「もし……、もしオレが智に会いたいと言ったら会わせてもらえますか?」
「…………」
「透さん!」
「すまないけどオレは智に君を会わせたいとは思わない。もう智にはツライ思いをさせたくないし、会ったらきっと当時のことを思い出すだろう。せっかく穏やかな表情をするようになったのに何故君に会わせなきゃいけないんだい? あれからもう何年も経っている。君は智に会ってどうしたいのかな?」
「オレは……」
「智はとてもツライ思いをした。だからもうそっとしておいて欲しい」
「でもオレは……、オレは……、智に会いたい」
胸が張り裂けそうだ。わかってる、これはオレの我侭だ。我侭だとわかってる、でも。
ひと目見るだけ、それだけでもいいから。見るだけで。
「会えなくてもいいから、遠くから見るだけでもいいから……、せめてそれだけでもオレは……」
元気な姿を遠くから見るだけでもいいから。それだけでもいいから、智を感じたかった。
「まいったな……。んー……。亮介くん君は、信一って子を知ってるかい? 智の高校からの友人だと聞いているから、きっと君も知っているんじゃないかな」
「ハイ……」
「なら彼に連絡を取ってみると良い。オレ自身は君を智に会わせたいとは思わないし、申し訳ないが君を助けてあげようとは思えない。智をひと目見たいと言うのなら、もしかしたら信一君が何とかしてくれるかもしれない。でもそれは信一君次第だし確証は無い。オレからはこれが精一杯だ」
「いえ……、本当に、本当にありがとうございました」
「オレは話を伝えただけで何もしていないよ」
そう言って透さんは帰っていった。
その後オレは信一に連絡してみたが、スマホの電源を切っているのか留守電になってしまった。メッセージではなく直接話したかったので今回は何も入れないでおいた。
信一とは同窓会で会ったし、智の消息を聞いたのに何も知らないと答えられた。まさか騙されてたとはな……。でも事情を知ってるなら仕方ないのかもしれない。
智、やっと智の消息を知ることが出来たよ。今までツライ思いをさせてゴメンな。穏やかな表情をするようになったって言ってたっけ、きっと今の智は幸せなんだろう。だったらオレはやっぱり遠くから見るだけの方がいいのかな?
オレは今でも智のこと忘れられないよ。智……、透さんには会って欲しくないって言われたけど、ホントのこと言うと会いたいよ。でも、やっぱり智のためには遠くから見るだけの方が良いのかもしれない……のかな。
智が好きだから。
好きで好きでたまらないから。
智……。
翌日、何とか信一と連絡を取ることができた。
「亮介か、同窓会ぶり。元気してた?」
「おう」
「何か変わったことでもあったか?」
「そうだな……、最近家を出た。今はひとり暮らしだ」
「へぇ~。よく親が認めたな。おまえ長男だろ?」
「ん、まあ、いろいろあってな……」
「それで今日は何?」
「ちょっと相談したいことがあってさ。時間取れるかな?」
「オレに相談って珍しいな。まあ良いけど。ここんとこそんなに忙しくないから大丈夫だぜ」
「なら明日会ってくれるか?」
「いいぜ」
「さんきゅ」
そう言えば姉貴と母親から連絡が来ていた。姉貴には元気だと返しておいた。がさつな人だがオレのことを心配してるのはわかるから。姉貴は今、夫婦喧嘩をしても実家には帰れないそうだ。それはそれは申し訳ない……とは思えなかった。あの人は実家に帰りすぎだから、少しはガマンした方が良いんだ。
母親からのデンワは無視した。留守電も入ってたが聞かずに消去した。オレのことを思ってやったことだと頭では理解しているが、今はまだ感情がついていかないから。オレもいい加減子供っぽいとは思うがどうにもできないんだ。暫くは放っておいて欲しい。
とりあえずは明日。
信一からはどんな答えが返ってくるかわからないが、できることなら良い返事であって欲しい。心からそう願った。
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