「相田ちゃーん、お願い、一生のお願い！」 「そんなこと言われてもなぁ……」 「聞いてくれたら、ここのお金私が出すからぁ」 「ずいぶん安い一生のお願いだなぁ」 　目の前で両手を合わせてる及川女史に思わず苦笑してしまった。 　話があるからとランチに誘われて来てみれば、案の定信一に会わせろってお願いだった。 「でも前も言ったけど信一ゲイですよ。会ってもどうにもならないと思うんだけどなぁ」 「本人はバイだって言ってたわよ。ちゃんと聞いたんだから。バイなら私にもチャンスはある！」 「はぁ……」 「あんなイイ男を他の男に渡すのは勿体無いんだってばぁ。今特定の人いないんでしょ？」 「まあ、いるとは聞いてないけど……」 「お願いっ！」 「……とりあえず、信一に聞いてはみますよ。でも信一が会いたくないって言ったら諦めてくださいね」 「ありがとー。良い返事期待してるわ！」 　まったくこの人は諦めるって言葉を知らないんだから……。まあ、信一本人に断られたら諦めもつくか。とりあえず今夜にでも聞いてみるかな。オレはため息をつきながらそんなことを思った。 　及川女史はオレと同期入社で同い年。性格はちょっとキツめで、相手に対してグイグイ押して行くタイプだ。顔は……、可もなく不可もなくってところだろうか？　女性の顔についてはよくわからないけど、ブサイクでは無いと思う。 「相田ちゃんてさ、浮いた話は全然聞かないけど、やっぱり高梨クンと同じくバイとかゲイとかなの？」 　信一に会えるかもとなった途端に上機嫌になった及川女史が聞いてきた。 「オレですか？　どうなんでしょうねぇ。一応オレも女性と付き合ったことくらいありますよ」 　たった一週間だけどな。内心苦笑いしながら心の中でそう付け加えた。 　信一は自分がバイだと周りに公言している。だからオレも周りに聞かれたらそう答える。でもオレはオレ自身のことは言っていない。別に言っても構わないのかもしれないが、カミングアウトした後の周りの反応が面倒くさそうで黙ってることにしたんだ。 「相田ちゃん優しいからさ、狙ってる人は結構いるんじゃないの？」 「どうだろ？　でもオレ酒飲めないから合コンとかってほとんど参加したことないんだよね」 「酒がネックかぁ……」 　いやいやほっといてください。 　そろそろ昼休みも終わりに近かったので、オレたちは会社に戻っていった。 　夜信一にデンワしたところ、行きつけのゲイバーにひとりで来れるなら会っても良いって答えだった。 「おまえそれ鬼だな」 「そうか？　でも以前そう答えたら諦めた女の子がいたんだよ」 「及川女史の性格なら行くと思うぜ」 「それならそれでお相手いたしますよ。久しぶりに女の子と付き合うのも悪くないし」 「信一ってそんな性格だったっけ？」 「うーん……、わからん」 　翌日及川女史に信一のことを知らせると、鼻息荒く、それはそれはお喜びのようだった。とりあえずオレは今週末はあのゲイバーに近づかないようにしようと心に誓った。さわらぬ神にたたりなしって言うしね。何かあってオレが及川女史のフォローをするハメになるのだけは避けたいし。 　そんな週末、オレの家にはタケルとコウがやってきた。直前にデンワがかかって来て、ほとんど突然の訪問に近い形だった。 「なんなんだよ、あの女はーっ！」 「あの店にやってきていきなりですよ。先輩に向かって「そんな男じゃなく私と付き合ってください！」って叫んで……」 「うはぁ……、及川女史すげぇな」 「智の知り合いなの？」 「うん、会社の同期。どうしても信一に会いたいって言うからあのゲイバー教えたの」 　コウは仏頂面、タケルは苦笑いだ。どうやら今夜は久しぶりにコウが信一にコナをかけてたらしい。所謂今夜の身体のお付き合いを所望してたらしいのだ。そんなときに横槍が入ったらまあ気を悪くするのも当たり前か。タイミングが悪いと言うか何と言うか……。でもオレが謝るのも違うよな？　ゲイバーに来いって言った信一が悪いと思うよ。 　それにしてもゲイバーでそんなセリフを言うなんて……。及川女史、ゲイバーの客全員を敵に回したんじゃないか？　まあきっと本人は一生懸命すぎて周りが見えてないと思うけどさ。 　コウは散々オレんちで悪態をついて帰っていった。タケルはオレんちに残りたいみたいだったけど追い出した。コウが心配だったからね。きっとタケルのことだから、コウが変なオトコを引っ掛けないように気を使ってあげたと思うよ。頭に血が上ってるときや機嫌が悪いときほど変な男にひっかかりやすいもんなんだ。だからタケルもそれが分かってるから、渋々だけどコウに付いてったんだ。 　週明け、及川女史は気持ち悪いくらい上機嫌だった。お昼を一緒にって誘われたけど丁重にお断りさせていただいた。全然聞きたくないもん。信一にも暫くのあいだ連絡するのはヤメとこうと思う。なんとなく騒動に巻き込まれそうな気がするんだよねー。オレは穏やかに暮らしたいの。なので当分知らん振り。絶対連絡しない。だから何があってもオレに相談しないでね。