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13.現在・亮介③

 どのくらいここに座ってたんだろうか?  姉貴は何も言わず、黙ってオレの隣に座っていてくれた。普段は残念な人だけど、何だかんだ言ってオレのことを心配してくれてたんだと思う。 「姉貴……」 「何、亮介?」 「オレさ……、あの家出るわ」 「出るの?」 「うん……。オレのことを思って、良かれと思ってのことなんだろうけど、今のオレはあいつらを許せないんだ。冷静になれるまで距離を置く」 「そっか……」 「あのさ亮介?」 「ん?」 「今このタイミングで言うのはヘンかもしれないけど、この話を亮介に知らせようと思ったのは、智くんを探してヨリを戻せって意味じゃないからね。何か上手く言えないんだけどさ、前に一歩進んで欲しかったって言うのかな? 亮介って、気持ちの一部がずーっとあの頃にいたままでしょ?」  姉貴の言ってる意味は何となくわかる。もう過去のことだってのも一応は理解してる、と言うか理解しようとしている。前に一歩って言う願いもまあ、わかるかな。でもその一歩は姉貴たちの望むような一歩とは違うかも。オレが踏み出す一歩の方向は……。 「この念書、オレが貰っていいかな?」 「いいよ。最初から亮介に渡すつもりだったし」 「ありがと。じゃあこれを使って一発ぶっぱなすことにするわ」 「えーっ、暴力はダメっしょ。ふたり共もう若くないんだから」 「殴りはしねーよ。でも言葉の暴力はあるかも。これからウチ帰るからさ……、姉貴と義兄さんに付いて来て貰っていいかな?」 「いいよー。じゃあパパ呼んでくるね」  それからオレは両親のいる家に帰った。お願いした通り、姉貴と義兄さんは一緒に来てくれた。  オレは念書を見せながら両親と話をした。冷静でいるにはかなりの精神力を要したけど、両隣に座った姉貴と義兄さんのおかげで何とかなった。  姉貴は約束に反してオレに話したことをオフクロになじられていた。でも、それについては義兄さんが間に立ってくれて、何とか穏便に収まった。  話し合いの途中で、探偵が撮ったと言う写真を見せられた。オレと智が写ってる写真。オレは即座にそれを破り捨てた。こんなもの、証拠写真として突きつけるなら、智にじゃなくオレにして欲しかった。  話し合いの中で唯一、これだけは譲れない点をオレは両親に主張した。最初ふたりは信じようとはしなかったが、半ば脅しも入れつつ受け入れさせた。智がオレを同性愛に引っ張り込んだなんて……、アイツを悪者にするのだけは絶対に許せなかった。  翌週、オレは家を出た。引越したのはワンルームの小さなマンション。取り急ぎだったからどこでも良かったんだ。とりあえずここを拠点として、新しい住居を探そうと思った。  引越しが終わった夜、オレは大切に持ってきた小さな箱を開いた。  智……。あれから……7年経つんだ。きっと智はもう新しい人生を歩んでるハズ。だから本当は会わない方が良いんだ。でも会いたい。会って話しをしたい。智の目の前でこの念書を破り捨てて、たとえ友人としてでも良いから智と繋がっていたいと思った。  智……。  許してくれとは言えない。でも有難うと、守ってくれてありがとうとは言いたい。  何をすべきかを冷静に考えて、とりあえずオレは智の兄に会うことにした。根拠は無いけれど、透さんは全てを知ってるような気がしたから。  数日後の夕方、オレは透さんに会うことができた。 「透さんっ!」 「君は……」 「突然声をかけて申し訳ありません。お久しぶりです。智くんの友達だった井川亮介です」 「うん、覚えてるよ。同じ駅だし時々見かけてたしね。今日はどうしたのかな?」 「あの……、お忙しいところ大変申し訳ないのですが、少し話したいことがありまして……。今日これからお時間ありますか?」 「うーん……、大変申し訳ないけれど、実は今夜用事があるんだ。なので今日はちょっとムリかな。オレに声を掛けたってことは、何の話をしたいのかって予想がつくから……、週末でも良いかな? それならオレもゆっくり時間取れるよ」 「問題ありません。では週末に……、よろしくお願いいたします」  緊張した……。  智の兄である透さんとは、実のこと言うと数回しか話をしたことが無いんだ。智と仲良くなったときは透さんは大学生でひとり暮らしをしてたし、卒業後は家に戻ってきたけど、そのときは逆にオレたちが大学生で家を出ていたから。  透さんのことは智から聞いていて、かなり穏やかな人だって話だった。実際過去に話したときも、そしてさっき話したときも穏やかな雰囲気だったので当たってるんだと思う。次に透さんと会うのは週末……、そのときまでにオレが話したいことを頭の中でまとめておこうと思った。  週末、約束通り透さんはオレに会ってくれた。 「それで……、何を話したいのかな? 何となく予想は付くけれど、直接君の口から聞きたいな」  そんな透さんの言葉に、オレは黙って念書を取り出した。 「これは……」 「もしかしたら初めて見るものかもしれません。でも、きっと透さんは知っているんじゃないかと思ってお見せしました」 「念書があることは知ってたし、遠目には見てたよ。でも、ちゃんと見るのは初めてだ」 「その口ぶりからすると、そのときのことをご存知なんですね?」 「うーん……、まあ知ってるかって言ったら知ってるのかな」 「お願いです、そのときのことを教えてください!」  そう言ってオレは頭を下げた。  だいたいのことは親から聞いた。でもそれは、オレの親の言い分だ。だからオレは透さんから話を聞きたいと思ったんだ。 「良いのかな? これは君にとっては嬉しくない話だよ」 「かまいません。実を言うとこのことを知ったのはつい最近です。どうやらオレは守られてたようでした。一応オレの親から話を聞きだしました。でもそれは片方の言い分です。だからオレは透さんから話を聞きたいと思いました」 「……そうか。まあオレとしても内心言いたいことはあったからね。これは智の兄としての立場からの言葉でもあるけどね、当時のことを話してあげるよ」  そして透さんは教えてくれた。オレたちの両親が智にやったこと。そしてその後智がどうなったかを。

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