12 / 61

12.現在・亮介②

「亮介くん久しぶりだね。突然で申し訳ないんだけどさ、週末空いてる?」 「義兄さんお久しぶりです。空いてますけどどうしました?」 「あ、うん。ちょっと我が家の模様替えをしたくてね。さすがにオレひとりじゃ家具の移動が大変で……。手伝ってくれると有難いんだけど」 「それくらいでしたらいくらでも。何時くらいに行けば良いですか?」 「昼すぎかな? 美鈴が子供を預けにそっちに行くから、そのとき一緒に来てくれる?」 「わかりました。了解です」 「ありがとう。じゃあ週末に」  珍しく義兄さんからデンワが来たと思ったらヘルプ要請だった。義兄の拓也さんは姉貴と結婚してくれた奇特な人だ。あんな残念な人とよく結婚してくれたと思う。まあきっと、姉貴も義兄さん以外とはムリだったと思うけど……。そんなワケで我が家全員義兄さんには感謝している。だからそんな義兄さんのお願いなら、たとえ用事があっても逆にそっちをキャンセルすると思う。ま、他の用事は何も無かったけど。 「わざわざすまなかったね。まあとりあえずこっち座って」  週末、姉貴と一緒に向かった先で、義兄さんの穏やかな顔に迎えられた。この人とはオレが小学校の頃からの付き合いだ。義理だし血は繋がってないけれど、オレにとっては本当の兄のような存在なんだ。姉貴はいなくなってもかまわないけど、義兄さんはずっといて欲しいと思ってる。  模様替え、つまり肉体労働する気満々で来たんだけど、今日の目的は別だったみたいだ。ウソをついてオレを呼び出すってのは初めてのことで、ホントのことを言うと困惑した。でも義兄さんの穏やかな中にも真剣な雰囲気を見て、何も言わず黙って話を聞くことにしたんだ。  実際の話は義兄さんからではなく姉貴からだったけど……。 「そもそもの発端は、どうやら私の何気ない一言だったみたいなの」  そんな言い出しと共に姉貴の話が始まった。  姉貴から話を聞いているオレの心情は、何と表現して良いのかわからないモノだった。  一部はフワフワとしていて、この話がまるで夢のような、悪夢のような、現実じゃないようなカンジがしていた。別の一部は冷え冷えとしていて、刺すような冷たい感覚がオレを襲った。そしてまた別の一部はマグマのような激しい怒りが湧き上がった。それは全身を駆け巡り、ここに座っていることさえ苦痛に感じるようだった。要するに支離滅裂、バラバラだ。いろんな感情が渦巻き、オレ自身がそれに翻弄されて息をするのも苦痛だった。  オレは当時のことをいっぺんに思い出した。悲しみと無力感と共に……。 「それでこれがその念書ね。上手いこと言って、お母さんから受け取ってきたの」  姉貴がオレに差し出した念書には、智のサインと拇印が押されていた。 『私こと相田智は以下のことを約束します  井川亮介さんとは速やかに別れ、今後一切の接触はいたしません  この約束については、井川亮介さんには一切伝えないこととします』  なんだよこれ……。  誰がこんなもの書かせたんだよ。誰が、誰が!誰が! 「姉貴……、智がオレを……、同性愛の世界に引っ張り込んだって言ってたんか? あいつらは……」 「あ、うん……。私は逆だと思ってるんだけどね」 「ったりめぇだろうが……。なんだよこれ、なんだよ。オレが……、オレが智を好きだったんだよ。好きで好きでたまらなくてっ」 「亮介、ダメッ!」  突然立ち上がって、玄関に向かおうとしたオレを姉貴が止めた。 「姉貴、どけっ」 「亮介、落ち着いて!」 「うるせぇ、どけっつってんだよ」 「亮介くん! 頭に血が上った状態で動いても何もならないんだよ。落ち着きなさい」 「ッ――!」  心がバラバラになりそうだ。――智っ! 「お義父さんとお義母さんは、このことを一生亮介くんには内緒にしておきたかったみたいだ。でも、オレと美鈴の考えは違った。だから君に話したんだ。  黙っていることで、あの人たちはあの人たちなりに君のことを守りたかったんだと思うよ。受け入れれないとは思うけど、そこは理解してあげて欲しいと思う。  この話の中心は君と智くんだ。そして君だけが知らなかった。過ぎたことはもうどうしようもないけれど、君と智くんの両方と話をするべきだったんじゃないかと思う。もしそうしていたら、結果はどうあれ君も納得できたんじゃないかと思っている。オレから見てもわかるよ。亮介くんさ、当時のことを未だに引きずってるでしょ。今でも気持ちの一部を当時に置いたままなんじゃないかな。それと、大学卒業してからあんまり笑わなくなったよね」  義兄さんに言われて、力なくソファに沈み込む。オレは……、オレは突然智に振られて、それを今も引きずってて智のこと忘れられなくて、ずっとツライと思っていた。でも智は……、智はオレより辛かったハズだ。あの日智はどんな思いでオレに別れを切り出したんだ? 「いつまでも恋愛ごっこを続けるってワケにもいかないじゃん」  今でも覚えているそのセリフ。  ゴメン、ゴメンな智、オレ知らなかったよ。  智に裏切られたとずっと思ってた。  今でも好きだけど、裏切られたとも思ってたんだ。  オレ、智に守られてたんだな。  智……。 「亮介くん、とりあえず冷静になるまではここにいなさい。オレは席をはずすけど、美鈴は亮介くんに付いててあげなさい」  そう言って義兄さんはいなくなった。  姉貴とふたり……。そうだな、今は頭を冷やして冷静になろう。  今後の行動の為に。  感情のままにあいつらに対峙しちゃいけない。  冷静に、自分のとるべき行動を考えよう。  智……。

ともだちにシェアしよう!