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40.その後・智⑤

 どれだけ考えても答えは出なかった。いやもしかしたら答えなんて最初から出てるのかもしれない。だだオレがそれを認めないだけで。その答えを認めるのが怖い、だから気がつかないフリをして答えなんて無いんだって思い込んで……。 「ルイボスティだよぉ。カフェイン入ってないから寝る前でも大丈夫」 「えっ、あれっ?」  気がついたらソファに座ってた。自分でも気がつかないうちに移動してたみたいだ。さっきまでテーブルの上にお皿とか並んでたハズなのに……。ダイニングの方に目を向けると、既にテーブルの上は何もなく、お皿も全て洗い終わってたみたいだ。 「智ちゃんずーっと考え込んでたからねぇ」 「洗い物とか手伝わないでゴメン」 「いっぱい考えるのは良いコトだと思うよぉ」  だから気にしないでって言われて逆に気にしちゃうオレは天邪鬼かもしれない。  寝る前のお茶はカフェインが入ってなかったハズなのに、なかなか寝付けなかった。眠ってもすぐ目が覚めちゃうって言うか眠りが浅いって言うか……。  ― 智ちゃんの幸せって、亮介くんと一緒に笑っていれることなんだねぇ  ― 亮介くんの幸せは、智ちゃんと一緒にいることだと思うよぉ  ― 智ちゃんに振られちゃったから、亮介くんは一生ひとりだね  ― だって亮介くんは智ちゃん以外好きにならないんだもん  カイトさんのセリフが頭の中で木霊する。オレのしたことは間違いだったんだろうか? 願ったのは亮介の幸せ、でも……。  目に浮かぶのは別れたときの亮介の顔。涙を流していて辛そうで……、あの顔をさせたのはオレなんだ。オレは……また……亮介を傷付けてしまった……。  胸が痛かった。  翌朝はいつも通りカイトさんの手伝いだ。と言ってもいつもより作業は少なめ。今までは1週間分だったけど今回は2日分だから。でも2日分にしたらちょっと量が多いかも。 「智ちゃん1ヶ月お疲れさまぁ。ホント、助かったよぉ」  全て終わって3人でお茶してるときにカイトさんにお礼を言われた。大変だったのは事実だけど、毎週毎週カイトさんの作るごはんが楽しみだったからそれ程大変ってカンジでもなかったかな。逆に来月からはひとりで自分の作ったゴハンを食べるって方が残念だ。なんかね、舌が肥えちゃったみたいなんだよね。 「また何かあったらいつでも! カイトさんのごはんに釣られてすぐ来ると思うから」  そんなセリフで笑いあった。 「それでさぁ智ちゃん、最後にもう1コお願いしてもいいかなぁ?」 「いいけど?」 「今日はオレたちの代わりに持ってってくれないかな? オレもケンスケも用があって忙しくてさぁ。悪いんだけどお願いしていいかな?」 「持ってくだけだったら。でもいいの? いきなり知らない人が届けても……」 「それは大丈夫。ゴハン持ってきたって言えばすぐ分かると思うから」 「りょーかい。じゃあオレが行く前に連絡入れておいてね」 「もっちろん! 助かったぁ」  そんなワケで最終日の今日はオレがデリバリーすることになった。そこでまた好奇心と言うか何と言うか……。うん、どんな人なんだろ? 「ねぇカイトさん、これ届ける相手ってどんな人か聞いてもいい?」 「あっ、そうだね。えーっとねぇ……」  カイトさんの説明によると、独身男性で、3ヶ月くらい前にものすごいショックなことがあってゲッソリしちゃった人だって。食事を届けるようになってようやっと少しマシになったって言ってた。なら今月いっぱいで終了しちゃったらダメなんじゃって思ったんだけど、「そこはたぶん大丈夫」ってことだったから何とかなるんだろうな。 「智ちゃん、こっちの小さな手提げはオレからのメッセージカードが入ってるって伝えてくれる?」  あとは出発するだけってなったときにカイトさんに言われた。オレに渡されたのは大きな手提げ袋――食べ物が入ってるやつ――と、今言った小さな手提げ袋の2つだった。 「了解。で、どこに届ければいいの? オレまだ届け先聞いてないんだけど」  そうなんだよ。「後で教える」って言われたっきりなんだよ。でももう出発する時間だしってことで、催促してみた。でなきゃ届けれないもんね。 「えーっとねぇ、ここだよ。場所はすぐ分かると思うからしっかり届けてね」 「――ッ! これって……」  カイトさんから渡された紙には住所と名前が書いてあって、そしてその名前は『井川亮介』って……。 「ちゃんと届けるんだよぉ。届けてじっくり話して欲しいな。智ちゃんの気持ちと亮介くんの気持ちと……。押し付けたり意地になったりするんじゃなくてさぁ、お互いの気持ちを素直に話して欲しいとオレは思ってるよ」 「カイトさん……」 「カイトの言う通り。これはオレたちからのちょっと早いお年玉みたいなもんだ。智くんが亮介くんの幸せを願ってるように、オレたちも智くんの幸せを願ってる。智くんはもう何年もガマンして、ガマンするのが普通になっちゃってるけど、もっと素直に自分の幸せを願っても良いんじゃないかって思う」 「ケンスケさん……」 「決め付けちゃダメだよぉ。もっと素直になって良いんだよぉ。ってことで、行ってらっしゃい」  そう言ってふたりに送り出された。  今更どんな顔して会えば良いんだ?って思うけど、ケンスケさんとカイトさんの好意は無にしちゃいけないんだろうな。それに……これを届ける相手はショックなことがあってゲッソリしちゃった人だって言われて、それがまさか亮介だって思わなくて、そしてその原因を作ったのは勘違いでなければオレなんだ。そう思うと胸が痛い。昨夜も思い出した亮介の顔……辛そうなあの顔がまた思い出されてしまって……。  オレは……自分の本当の願いを素直に願っても良いんだろうか? 心の奥に閉じ込めた、もう叶うことはないって諦めた願いを願って良いんだろうか? その願いはしまってある場所から取り出すのも、ましてや口に出すのも怖いくらいで、一度でもそれを引っ張りだしてしまったらもう二度とフタをすることは出来ないと思う。だから怖い、怖いんだ。  気持ちの整理は全くできてないけど、気がついたらもう亮介の家のドアの前だった。どうしたら良いんだろう? でもこれを届けなきゃいけなくて、でも届けるってことは亮介と顔を合わせるってことで、でも、でも、でも、でも……。  震える指でインターフォンのボタンを押した。 「ハイ」 「……亮介、……オレ」 「えっ、智?」  そして目の前のドアが開いた。

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