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39.その後・智④
「ねぇ智ちゃん、普通の幸せって何だと思う?」
突然マジメな顔をしたカイトさんに質問されたんだけど、オレはアルコールが入ったせいであまり深く考えることができなかった。なので頭に浮かんだことを素直に答えてしまっていた。
「いつも……笑っていれる、こと?」
「誰とかなぁ?」
「好きな人と……じゃないかな」
「じゃあ、智ちゃんの普通の幸せって好きな人と笑っていれることなんだぁ」
オレちゃんと答えれたかなぁ? 酔ってフワフワした頭で考えてもイマイチよく分からなかった。目の前のカイトさんは、さっきまでと違って優しい顔をしている。きっとオレの答えが間違ってなかったってことだろう。
「じゃあ智ちゃんの幸せって、亮介くんと一緒に笑っていれることなんだねぇ」
「えっ、亮介?」
「だって智ちゃん亮介くん好きでしょぉ?」
「…………」
「今も亮介くんのこと好きでしょ、智ちゃん?」
「…………」
「とーもちゃん」
「でも……亮介の幸せは……オレとじゃ、ない」
「どうしてそう思うの?」
「だって亮介はゲイじゃないし、だから普通に女の人と結婚して――」
「智ちゃん?」
「オレは……、亮介に普通に幸せになって欲しい」
「それは、亮介くんが望んだ幸せなのぉ?」
「えっ?」
気がついたらオレの手には水の入ったコップが握らされていて、いつの間にか缶チューハイじゃなくお水をちびちび飲んでたみたいだ。まだ少し酔ってるけど、さっきよりは醒めてきてるような気がする。少し頭が回ってきたような気がするからきっとそう。
「智ちゃんは亮介くんに、亮介くんの幸せを聞いたことある?」
「……えっ?」
「さっき智ちゃんが言ったのは、智ちゃんが勝手に亮介くんに押し付けた幸せじゃないかなぁ?」
「オレは……」
まだしっかりと回ってない頭で一生懸命考えてみる。亮介の幸せを、オレが勝手に押し付けたの?……って言うか何でこんな話になったんだろう?
「亮介くんの幸せは、智ちゃんと一緒にいることだと思うよぉ」
「でも……」
「亮介くんはゲイじゃない?」
「うん……」
亮介はゲイじゃない。だからやっぱり……。
「あのね智ちゃん、オレもケンスケもゲイじゃないよぉ。だからふたり共、普通に女の子と付き合ってたよぉ」
「あの……」
「んーっとねぇ、オレとケンスケが会ったのは大学時代って言ったことあるよね。それまでお互い彼女いたんだよ。それとね、これはまだ言ってなかったと思うけどぉ、一番最初に別れた後は普通に女の子の恋人作ったりしてたんだよ」
オレがカイトさんたちと知り合ったのは就職して2年目か3年目だったと思う。カイトさんはオレの3つ年上で、だからオレたちが知り合う前のことはふたりから聞いたことが全てだったんだ。
大学時代のふたりの話を聞くのは初めてだったと思う。さらっとは聞いてたけど、つきあった、別れたってくらいの話で、今聞いてる話は初めてだったんだ。
ふたりが知り合ったのは大学2年の春で、お互い彼女がいたんだそうだ。なんだけど、どうしようもなく惹かれて、結局彼女と別れて付き合いだしたんだって。そして一番最初に別れたときは嫌いになったワケじゃなく、『男同士で付き合うのはヘンだ』って悩んだ結果だったそう。特にカイトさんの方がそう強く思ってたってことだった。恋愛は男と女でするものって常識に縛られて怖くなったからだって。
その後は普通に女の子と付き合ったり別れたりしてて、ふたりが復縁したのは大学卒業間近の頃。
「だってねぇ、他の女の子と付き合ってても心の隅にケンスケがいるんだもん。そんなんじゃ上手くいかないよねぇ。じゃあオレはゲイなの?って悩んだけどぉ、ケンスケ以外は恋愛のれの字も浮かばなかったよ」
「それはオレも同じだったな。カイト以外は女性が恋愛対象だ」
再び付き合うときも最初はすごく悩んだそうだ。だけど結局結論としては、同性とか男同士とか関係ないんじゃないかってことだった。うん、シンプルな答え。
余談だけど、ふたりは就職してからも何回か別れてるけど、仕事が忙しくてすれ違いとか、ケンスケさんの転勤とか――今は転職して転勤は無しだって――、あとはケンスケさんが他の男に口説かれてるのを見てカイトさんが焼きもち焼きすぎた末の破局……、お互い好きすぎて焼きもち焼きすぎてケンカして別れるってのは数回あったかな。あの頃は若かったんだよって……まあ余談だ。
「亮介くんはゲイじゃないけど、智ちゃんだから好きなんだと思うよぉ」
「…………」
「智ちゃんも亮介くん以外好きじゃないでしょ? 亮介くん以外の男に恋愛感情持ったこと無いよねぇ?」
「…………」
「智ちゃんも亮介くんもさぁ、これから先、他の人を好きになることは無いと思うよぉ。だってこんなに長い間離れてても好きだったでしょ? オレたちみたいにって言うか、オレたち以上だね」
ニッコリ笑うカイトさんに思わず頷きそうになる。でも、だけど……。
「オレ思うんだけどさぁ、智ちゃんに振られちゃったから、亮介くんは一生ひとりだね」
「えっ?」
「だって亮介くんは智ちゃん以外好きにならないんだもん」
「なん……で?」
「オレやケンスケと一緒!」
酔いの抜けた頭で考える。カイトさんの言ったことは本当なんだろうか? オレは……指摘された通り亮介が好きだ。たぶんこれから先も変わらないような気がする。でも亮介は? オレは亮介に普通の結婚、世間一般で言う普通の幸せを願ったのは間違いだったんだろうか?
答えの出ない問い。答えたくない問い。答えを出すのが怖い問い。自分に都合の良いように答えたくなってしまう問い。でも本当に都合良く考えて良いんだろうか?
考えれば考えるほど分からなくなってしまう……。
カイトさんはオレにどんな答えを期待してるんだろうか?
オレは……何と答えを出すべき?
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