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38.その後・智③

 カイトさんちでの手伝いも、2週目、3週目と慣れてきたのもあって、だいぶスムーズに出来るようになったと思う。事前にカイトさんがメニューリストみたいなのを書いておいてくれたから、オレはその下に必要な野菜をメモして、それに合わせて効率良く野菜なんかを刻んでいった。量なんかもこのときに確認してね。この調子だとカイトさんとふたりで弁当屋さんが出来るかもね……、なんて冗談を言いながら作業を進めてったんだ。  料理も少し覚えたよ。でも料理よりも、ちょっとしたコツとか隠し味とかってのを覚えたのが収穫かな。ひと手間増えるけど、それをやったらえぐ味が消えるとかって目からウロコだった。ひとり暮らしだし、基本的に料理は自分が食べるためだけに作ってるけど、せっかく覚えたんだから是非やろうって思った。やっぱ不味いより美味い方が良いからね。  それにしてもホント、カイトさんてすごいなぁ。学生時代は飲食店でバイトしてたって言ってたけど、オレもそんなバイトをすればよかったのかも。なんて今更だけどさ。 「智ちゃん、年末休みはいつから?」 「28日からだよ」 「じゃあさぁ、4週目は週末じゃなく29日でも良い?」 「いいですよー。もしかしておせちとか作る?」 「考え中、でもたぶんそうなるのかなぁ」 「早めに来た方が良い?」 「そうだねぇ、来れるなら午後早めが良いかなぁ」 「了解でーす」  お願いされたのは今月ってことだったから、きっと次回で終了かな。毎週末ってことでちょっと大変だったけど、いろいろ覚えることができたし楽しかったから、これで最後ってのは残念かも。そんなことを作業しながら思ったりしてたんだ。  そして年末休み、初日は大掃除と言う名の普通の掃除を頑張った。たまたま9月に大掃除したから今回は適当でいいやってカンジかな。別に手を抜いたからって誰に怒られるわけでもないし、オレ自身が納得してたらそれでOKだと思う。……ってまあ、それは言い訳で、たんに面倒だっただけなんだよね。  そう言えばクリスマス直後に兄貴からデンワが来たんだ。本当はこの正月にオレに実家に帰って来て欲しかったらしいんだけど、でもどうしても父が首を縦に振らなかったんだってさ。結果、正月は兄貴と優子さんと母の3人で旅行に行くことにしたとか。詳しくは聞かなかったんだけど、母が兄貴と優子さんに持ちかけたらしい……。何やら実家でも騒動の気配? その騒動の中心があの場所にいないオレのような気がするんだけど、それは気のせいだろうか?  ちなみに実家の件についてはオレは静観している。オレ自身がどうこうできるもんじゃないし、それに、希望を持って後で落胆するのはイヤだから。まあだから、あんまり考えないようにしてるんだ。 「こんにちはー」 「待ってたよぉぉぉ、早速これヨロシクゥゥゥ!」  約束の29日――つまり今日――はお昼を少し過ぎた頃ケンスケさんちにお邪魔したんだけど、着いた早々カイトさんからメニューリストを渡された。 「あれっ、おせちじゃないんだ」 「うん。今回は年末用のちょっと豪華なメニューにしたんだぁ」 「じゃあオレはまずは野菜刻むね」  今日は早めにってことだったけど、メニューリストを見る限り作る量は少なめだった。何でかな?と思いつつカイトさんの方を見ると、ちょうど彼は黒豆を水に漬してるところだった。つまり並行しておせちの準備もしてるってこと。おせちはオレが手伝うかどうかはまだ分からないけど、早く来て欲しいってのはやっぱ本当だったみたいだ。  ちなみにケンスケさんは大掃除中……、風呂掃除の次はベランダの掃除をやってた。晴れてるとは言えベランダの掃除は寒そうだった。 「お疲れさまぁぁぁ。あー今日も頑張ったよぉ。ケンスケも大掃除お疲れ様!」  今日は早めに終わらせて、ついでに早めに風呂に入って、これからここでお疲れ様会って名の晩酌タイムだ。とは言えオレは酒が飲めないので、食べる方に専念するってカンジかな。カイトさんの料理はどれも美味しいから、毎週毎週この晩御飯が楽しみだったりして。それも今回でおしまいなので、そう考えるとやっぱりちょっと残念かも……。  それにしてもいったい誰なんだろうね? カイトさん手作りの美味しいゴハンを、たとえ冷凍することになっても食べれるって羨ましいと思うんだ。オレもそんな状況になってみたいよ。 「ちょびっとだったら飲めるんだよねぇ? ってことで、ハイこれ!」  あらかた食べ終わった頃にカイトさんから手渡されたのは度数3%の缶チューハイだった。度数も低めだし、ゆっくり飲んだら何とかなるかな。もし酔って寝ちゃっても、この時間からだったら明日もちゃんと早起きできると思うから……、よし、オレも飲むぞ! ってまあ、この1本が限界だけどね。  ケンスケさんとカイトさんは美味しそうにビールを飲んでる。仕事の飲み会でも乾杯はビールだけどさ、オレは未だにビールの美味さが理解できないんだ。甘くないし苦いしヘンな味するし……、オレは今年30になったけど、酒に関してだけは一生お子様レベルかも。  ちびちびと缶チューハイを4分の3ほど飲んだ頃だろうか、ケンスケさんと他愛の無い話をしていたカイトさんが、いきなりマジメな顔をしてオレに話しかけてきたんだ。 「ねぇ智ちゃん、普通の幸せって何だと思う?」  えっ?  普通の?

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