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42.未来を……・智①

「智!」  慌ててドアを開けた亮介にビックリしてしまった。驚きつつ亮介を観察する。顔色は悪くないけど以前より痩せたと思う。その原因に心当たりがあるオレとしては胸が痛いが、今は玄関先なのでその気持ちを無視した。 「久しぶり亮介。カイトさんたちの代わりにこれを持ってきたんだ」 「と、取りあえず中に入って」  久しぶり……3ヶ月ぶりくらいかな? あのときはまだまだ暑かったのに、今は冬でもうすぐ新しい年になる。そう考えると月日が経つのは早いなって思う。 「こっちの大きい袋がカイトさん特製おかず。今日の分と明日の分で別々になってるから、明日の分は冷蔵庫にでも入れる? それからこっちの小さい袋はカイトさんからで、メッセージカードが入ってるって言ってた」  ダイニングに着いたところで、オレは大きい方の袋から食べ物が入ったタッパーを取り出して説明した。亮介はとまどってるみたいだったけど、素直に明日の分が入ってるタッパーを冷蔵庫にしまってた。 「あっ、ごめっ、コーヒー、コーヒー飲むよね?」 「うん、ありがとう」 「じゃあ、ソファにでも座ってて」  言われて素直にソファに腰掛ける。亮介はコーヒーの準備をしつつ、カイトさんからのメッセージカードを読んでるみたいだった。  さてこれからどうしようか? カイトさんたちにはじっくり話してこいって言われたけど、何をどう話して良いものやらってカンジだ。ここに来るってのが分かったのは直前で、オレ自身の気持ちの整理はまだ全然出来てないんだ。そう言えばオレの亮介に対しての言葉がぶっきらぼうだったような気がする。意図してやったワケではないが、内心焦ってたからなんだろうなって気がついた。 「隣……座っても大丈夫か?」 「えっ? うん……」  コーヒーを持ってきた亮介が遠慮がちに聞いてきた。リビングにあるソファはこの3人掛けソファだけだ。オレが断ったらテーブルを挟んだ床……ラグの上に座るつもりだったんだろうか? いやいやここは亮介の家なんだし、話をするなら正面に座られるよりも、振り向かなきゃ顔を見ることが出来ない横の方がありがたい。  亮介はソロソロとソファの端に座った。端と端、真ん中にひとり分のスペースを空けて。たったこれだけの距離だけど、オレたちの距離はとても遠いんだ。そしてそれはオレが作った距離だと思う。 「かなり痩せたんだな……。それはオレのせいなんだろ?」 「智のせいじゃないよ。オレが弱かっただけだから」  一瞬だけ亮介の方を見て、あとは正面を向いたまま話しかけた。今の答えで思い出したけど、亮介がオレを責めたりしたことは、知り合ってから一度も無かったような気がする。優しいヤツなんだ。そう思うとやっぱり胸が痛いや。 「カイトさんたちが毎週食料を持ってきてただろ? あれ、オレも手伝ってたんだ」 「智も?」 「味付けは全部カイトさんだけど、野菜切ったりとかの下準備はオレがやってた。でも亮介の為に作ってるってのを知ったのは今日。ここに来る直前まで全く知らなかった」 「そう……なんだ」  驚いてるみたいだ。見なくても雰囲気で分かる。そりゃあ亮介だって驚くよな、まさかオレが手伝ってるなんて……。オレだってかなり驚いたし。  暫くの間、オレたちは黙ってコーヒーを飲んでいだ。オレのコーヒーには砂糖が入っていて、ほんのり甘かった。 「今日オレがここに来たのは……、カイトさんたちに言われたんだ、亮介とじっくり話してこいって。何が一番幸せなのか、決め付けて押し付けるんじゃなくて、ちゃんと聞いてみろって。お互いの気持ちを素直に話し合えって」  亮介は黙ってオレの方を見ていた。オレは亮介を見る勇気が無かったから、コーヒーを飲むフリをしながら正面を向いて話していた。 「オレさ……、亮介と別れてからさ、ずっと願ってたんだ、亮介が幸せでありますようにって。その幸せは他の誰からも文句が出ない、周りの皆が祝福してくれるモノでありますようにって……。もう二度と周りから無理矢理別れさせられることの無い、完璧な幸せでありますようにって」 「なぁ智?」  呼ばれて、振り向いた先にあった亮介の目はとても穏やかなものだった。 「オレは、好きな人と一緒にいれるのが幸せだって思う。そしてオレは智が好きだよ。智と別れた後は女の人と付き合ったりもしたよ。アプローチされて付き合って……。でも毎回オレが振られるんだ。振られる理由はいつも同じで、オレの心の中は別の人が占めてるってさ。今思うと彼女たちには申し訳ないことをしたなって思うよ。オレはずっと智だけが好きだったから。その気持ちは昔から全然変わらなくて、忘れようとしても無理だった。だからオレにとっての幸せは智といれることなんだ。誰が何と言おうと、智に違うと言われてもね」  亮介はそう言ったけれど、オレの願いはどうやったら亮介に理解してもらえるんだろうか? 亮介はオレなんかと一緒にいちゃダメなのに。何と言えば亮介は納得してくれるんだろうか? 「でも……、でもオレといたら周りから祝福なんかされない。亮介が後ろ指さされて辛い思いをする」 「たとえ誰に後ろ指をさされても気にしないよ。辛いなんて思うこともない」 「オレといることで亮介が傷つけられるのはイヤなんだ」 「…………」 「亮介には周りの皆に祝福されて欲しいんだ」 「…………」 「だからオレは、亮介にはもっと日向の世界の――ッ!」  ソファの端と端に座ってたハズなのに、いつの間に近づいたんだろう、気がついたらすぐ隣に亮介がいて抱きしめられていた。驚いて、一瞬で緊張して、思わず全身に力が入ってしまう。 「智……。やっとわかった。そうだ、そうだよな、うん、ゴメンな。オレも自分のことで精一杯で気がついてやれなくてゴメン。でもオレはもう二度と同じ過ちは犯したくない。だから今気がついたんだ」 「えっ?」 「ゴメンな智、智はいっぱい辛い思いをしたんだよな。あれから何年も経ったからって、そんなヒドイ傷が癒えてるワケ無いんだ。今もその傷がパックリ開いたままで血が流れ続けてるんだよな。ずっと、今も辛いよな。今まで気がついてあげれなくてゴメン、守ってあげれなくてゴメン。智にばっかり辛い思いをさせちゃって、ホント、ゴメン」 「りょ……」 「オレちゃんと気がついたから。今度こそ守るから。あの頃のオレはまだ学生で親に養われてたガキだったけど、今はもう違うから。誰かに何か言われたり、無理矢理別れさせられるようなことが無いようにちゃんと守るから。これ以上辛い思いしないように守るから、守るって誓うから。だからさ、お願いだ智、智も願ってくれ。オレと共にいることを」  亮介の言葉に、オレが心の中で必死に保っている壁に亀裂が入っていくような気がする。それが……、オレはとても怖い。ヤメテくれ、お願いだからそれ以上オレの中に入ってこないでくれ。怖い……、とてつもなく怖い。このままだとオレが心の奥底に封印した思いがそこから零れ落ちてしまいそうで、怖い……。 「もうこれ以上傷付くことは無いんだ。もうガマンしなくて良いんだ。オレだけの幸せを願うんじゃなくて、智の…オレたちの幸せを願おう」 「…………」  ヤメテくれ。そんな優しい言葉をかけないでくれ。でないとこれ以上ガマンできなくなるから。 「智?」 「オレは……願って……良いのか? オレの……本当の……」 「良いんだ、誰だって幸せを願って良いんだ。智、好きだよ、愛してる。昔も今もこの先の未来も。一度は離れてしまったけれど、これから先は共にいよう。一緒に幸せになろう、幸せを願おう」  壁が崩れていく音が聞こえるような気がする。ヤメテ、くれ……。 「オレは……、こんなにも、何度も亮介を傷付けてしまったのに?」 「智はそれ以上に傷付いてるじゃないか」 「オレは――」  突然亮介に口付けられて頭が真っ白になってしまった。オレは何かを言おうとしてたけど、その言葉はキレイに消えてしまっていた。亮介の口付けは、ずっと好きで触れたくてたまらなかった人からの口付けは、オレの中にあった最後の壁を打ち崩してしまったようだった。いつのまにかオレは、泣きながら亮介との口付けに没頭していた。

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