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43.未来を……・亮介①

 慌てて開けた玄関ドアの先に智が立っていた。今度こそもう二度と会えないと思っていた智がそこにいて、嬉しいハズなのに、何故か戸惑いの方が大きかった。 「久しぶり亮介。カイトさんたちの代わりにこれを持ってきたんだ」  智は少しぶっきらぼうな口調でそう言って、手に持っていた手提げの紙袋を持ち上げてみせた。  このひと月、週末毎にカイトさんたちはオレのところに食料を持ってきてくれた。おかげで一時期よりは食欲も戻って、気持ちも浮上してきていたんだ。でも何故カイトさんの代わりに智がここへ来たんだろうか?  とりあえずカイトさんからの荷物を受け取って、智にはソファに座ってもらい、オレはコーヒーの準備をした。智は牛乳と砂糖を入れた甘いコーヒーが好みだったハズだけど、残念ながら牛乳が無くて、仕方なく砂糖だけを入れた。昨日のうちに買い物に行っておけば良かったと思った。 『智ちゃんとゆっくり話してね  じっくりゆっくり、わだかまりが無くなるくらい  一緒に入れた箱は、もし万が一智ちゃんと仲直りしたら開けてください  それ以外の場合は中を見ず捨ててね。でないとオレの人格が疑われるから  健闘を祈る!  海斗より、亮介くんへ』  コーヒーを入れながらカイトさんからのメッセージカードを読んだ。贈り物の中身が気になる。間違ったタイミングで開けると人格を疑われるモノっていったい何だ? でも残念ながらこの中を見るチャンスがあるとは思えなかった。  毎週毎週カイトさんたちが持ってきてくれた食べ物は、智も作るのを手伝っていたそうだ。その言葉にかなり驚いた。でも、智自身もそのことを知ったのはここに来る直前だったそうで、きっと、もし知ってたら手伝わなかったんじゃないだろうか?  そして思う、智は仕方なく今日ここへ来たんだろうって。コーヒーを飲みながら盗み見た智の表情はかなり硬かったから、それは当たってるんだと思う。 「今日オレがここに来たのは……、カイトさんたちに言われたんだ、亮介とじっくり話してこいって。何が一番幸せなのか、決め付けて押し付けるんじゃなくて、ちゃんと聞いてみろって。お互いの気持ちを素直に話し合えって」  そう言ってから智は、智の描くオレの幸せを語りだした。ずっと願っていたと、そう言っていた。でもそれはやはりオレの願いとは違っていたんだ。だからオレは、オレの求める願いを智に話していた。もう一度、智に知って欲しくて……。  不思議なのはオレ自身がとても落ち着いていたってことだ。必死に説得するんじゃなくて、落ち着いた声音でゆっくりと智に語っていたと思う。  誰からも反対されない、無理矢理引き裂かれることのない、周りの誰もが祝福するような幸せ……。智のそんな話を聞いてから、オレの中で少しずつある考えが浮かび上がってきていた。何故智は頑ななんだろう、何故オレの幸せのことばかり言うんだろう、何故自分の幸せについて語らないんだろう……。  そう言えばカイトさんたちは、屈託なく笑う智の笑顔は一度も見たことが無いって言ってたではないか。公園で会ったときの智はとても穏やかに話したけど、以前のような生き生きとした表情は一度も浮かべなかったではないか。  それの意味することは?  その意味に気がついたとき、思わずオレは智を抱きしめていた。オレはバカだ、大バカだ。自分のことばかり考えて、何ひとつ智のことに気がついてあげれなかったんだから。  あのとき、智がオレに別れを告げたとき、智はとても傷ついて傷だらけで、でもオレを守ろうとしてくれたんだ。それから何年も経って再会したとき、何故オレは智が元気だと思ったんだ? 透さんと話をしたとき、智はとても辛い思いをしたって言ってたじゃないか。なのに何故オレはその傷が癒えたと思ったんだ?  智は今も傷ついたままなんだ。  傷だらけで、その傷は今もそのままなんだ。  表面だけ取り繕っても、その内側はまだ傷付いたままなんだ。  それなのに、オレのことだけは守ろうとして……。  自分の間抜けさに呆れると同時に、自分で自分を殴ってやりたい。そして今度こそ智を守りたい。もうこれ以上傷付かなくて良いんだって、オレが守るからって。  それから……、智にも願って欲しい。智自身の幸せを。 「オレは……願って……良いのか? オレの……本当の……」  小さな、弱々しい声だった。傷ついた智は心のどこかで、自分の幸せを願っちゃいけないって思ってたんじゃないだろうか。そんなワケないのに。オレは智の幸せを願う。そしてそれはオレといることなんだ。  愛しくて愛しくてたまらなく愛しくて、急速に溢れ出てしまったその気持ちのままに、オレは智に口付けていた。何度も何度も啄ばむように……。オレに抱きしめられて緊張していた智の身体からその強張りが消えた頃、智は口付けに答えてくれた。そして徐々に深いものになっていった。  やっとこの手に取り戻した。もう誰にも邪魔させない。もう二度と離れない離されない。これから先はずっと一緒だ。

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