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44.未来を……・智②

 長い長い口付けが終わってそれから……、オレは黙って何も言わず亮介の腕の中にいた。亮介も何も言わず、ただ黙ってオレを抱きしめていたんだ。 「智?」  どのくらい時間が経ったんだろうか? 暫くしてから亮介がオレに声をかけた。 「智も願ってくれるか? オレと一緒にいることを」 「…………」 「智?」 「良い、のか? 本当に良いのか? オレが願っても……」 「良いんだ。カイトさんたちも言ってたんだろ? もっと素直に自分の気持ちを出せって」 「……うん」 「智?」 「オレも……亮介と……一緒にいたい。ずっと一緒にいたい。離れたく……なかったんだ、あのときも本当は、離れたくなかったんだ。でも別れなきゃいけなくて、別れたくなかったのに別れなきゃいけなくて。亮介のためだからって無理矢理自分を納得させたけど、でも本当は全然納得なんかできてなくて、辛くて悲しくて寂しくて。本当はずっとずっと亮介と一緒にいたかったのに。亮介と――」  心の奥に閉じ込めてたオレの一番の願いを口に出した途端、次から次へと言葉が止まらなくなった。でも最後は胸がいっぱいになってしまって、それ以上は何も言えなかった。また涙が出てきてしまって、いったいオレは何度泣けば良いんだって呆れるくらい泣いてしまっていた。  亮介は何も言わず、黙ってオレを抱きしめたままでいた。きっとこれがオレに必要なことだと思ってたんだろう。オレ自身の思いを全て吐き出してしまうことが。 「……ゴメン」  落ち着いた頃、ようやくその一言が言えた。 「落ち着いた?」 「うん……」 「じゃあさ、せっかく持ってきてくれたんだしさ、智とカイトさんの作ったやつ食べよっか」 「えっ? あっ!」  ここへは昼前に来たハズなのに、気がついたら薄暗くなり始めていて驚いた。いったいオレはどんだけ亮介とくっついてたんだよって、冷静になったらかなり恥ずかしかった。  亮介がリビングで食べようって言ったので、オレはカイトさん特製おかずを軽く温め直してリビングのテーブルに持っていった。その間に亮介はお茶の準備をしてくれた。もしかしたら亮介はビールとかの方が良かったのかもしれないけど、酒の飲めないオレにはそこらへんはよくわからなかった。そう言えばカイトさんはグレープフルーツジュースも一緒に入れてくれたんだけど、何故なんだろ? 「智こっち!」 「えー……」 「智の座る場所はここに決まってるじゃんか」  ものすごく良い笑顔で言われたんだが……。  リビングで食べるって言ったから、てっきりソファに座ると思ったんだよ。でも亮介はソファじゃなく、直接ラグの上に座ったんだ。だからオレもそれに倣って隣に座ろうとしたらそこじゃないってさ。そして亮介の示したオレの座る場所ってのが……。  まあなんだ……、言うなれば亮介が人間座椅子になったってことだよな。  さっきの今でめちゃめちゃ恥ずかしいんだけどさ、そんなの亮介には全く関係無いってカンジだ。ものすごく期待した目でオレのことを見てるし……。亮介がブンブン尻尾を振ってる大型犬に見えるのは目の錯覚だろうか? 「やっと智がオレの元に帰ってきた」  観念して示された場所に座ったオレを背中から包み込んだ亮介が、しみじみとつぶやいた。久しぶりで恥ずかしかったけど、オレもやっとこの場所に帰ってきたような気がする。  ゆっくりと食事をしながら、オレたちは大学時代の、一緒に暮らしてたときの思い出話をしていた。旅行に行ったことや小さなケンカのこと、ふたりで大笑いしたこととか、ほんの些細なことなんかも思い出しながら話していった。ふたりとも無意識だったんだけど、そんな話をすることで、オレたちが離れていた時間を埋めようとしていたんだと思う。  オレも亮介もあの別れた時点から、と言うか、別れたことを無かったことにしたかったんだと思う。実際にはそんなことは無理なんだけど、それでも心のどこかでそう思ってたんじゃないかな。 「なあ智、今日は泊まってってくれないか?」 「……うん」  かなり時間をかけた食事が終わりに近づいた頃、亮介にそう言われた。一瞬躊躇したけど、オレも亮介と一緒にいたくて頷いてたんだ。なんかさ……、自分のホントの気持ちを認めちゃったらさ、何て言うか、歯止めが効かなくなっちゃったって言うかさ……、亮介と離れたくないってね。 「正月休みは何か予定あるの?」 「今のところ何も無い」 「ならずっと一緒にいたい」 「うん……、明日着替えとか取りに行っていい? オレ何も用意してないし」 「わかった。じゃあ車出すから一緒に行こう」  知らなかった亮介のこと、ここでまたひとつ知ったみたいだ。亮介車持ってるんだ。どんな車だろ? 明日それを見るのが楽しみだ。 「最終日は仕事始める準備とかしなきゃいけないから一緒にはいれないな」 「じゃあオレがそっちに泊まってもいい?」 「オレんちに?」 「ダメか?」 「ダメじゃないけど……」 「じゃあ決定」  そう言って亮介はオレの首筋にキスしてきた。感じる……ってよりもくすぐったい。そう言うとわき腹まで擽られてちょっと大変だった。泣いたカラスがすぐ笑ったじゃないけど、まあそんなカンジになっちゃったかな。  替えの下着が無いので、オレが風呂に入ってる間に亮介が洗濯してくれた。浴室乾燥が付いてるってことで、明日の朝にはちゃんと乾いてるって寸法だ。そしてオレは、パジャマ代わりに亮介からスウェットの上下を貸してもらった。……は良いんだけど、パンツが無いので微妙に心許ない。しかもスウェットぶかぶかだし。 「亮介?」  オレが風呂から上がったとき亮介は台所にいた。片手で目を覆って、何て言うか困ってる? 頭を抱えてる? 何か良くわかんなかったけど様子がヘンだったんだ。 「なあ智、カイトさんてどんな人なの?」 「えっ?」  突然そんな質問をされて驚いてるオレに亮介は、カイトさんからのメッセージカードと小ぶりの箱を差し出した。 「オレが見ていいの?」 「って言うか、見て、くれないか?」  個人宛だから躊躇したんだけど、本人が良いって言うから良いか。とりあえずメッセージカードを読んで、それから箱のフタを開けてみた。 「――ッ!」 「なあ智、オレが質問するの分かるよな? カイトさんてどんな人なん?」 「いや……、あの……、おちゃめな人? 楽しいことは好きだけど……、嗚呼もうっ、オレも分かんないや」  真っ赤になりながら答えたよ。カイトさんの笑顔が目に浮かぶ。きっとものすごく良い笑顔でコレを箱に入れたんだ。  箱の中に入ってたのは、ローションとディタって名前のお酒だった……。 「あのさ亮介、ローションの意味は分かる。あんまり分かりたくないけど分かる……。でもこっちのディタの意味が分かんないんだけど、亮介わかる?」 「ディタは……、嗚呼アレだ。クリスマスにカイトさんたちが来たときにさ、智との思い出を暴露させられたんだよ。そんときに言った思い出のひとつに反応したんだと思う。高2のクリスマスにオレんちでパーティしたじゃん。ディタグレープフルーツ飲んだの覚えてるか?」 「……嗚呼、アレかぁ」  言われて思い出した。高2の冬に仲の良いメンバーで、亮介んちでクリスマスパーティをしたんだよ。そんとき『大人の味』とか言ってディタグレープフルーツを出されたんだよな。でもって、酒の弱いオレだけが酔って寝ちゃってさ、気がついたら亮介に抱きしめられた状態で寝てたんだ。  まだ亮介と付き合う前の、亮介がオレの親友だった頃の懐かしい思い出。亮介はオレのことが好きだったらしいんだけど、鈍感なオレはまだそのことに気がついてなくて……。  めちゃめちゃ懐かしい思い出を亮介が覚えていてくれて、でもってそれにカイトさんが便乗してディタをこの箱に入れてくれたのが可笑しくて、そしてカイトさんのしてやったりって顔が思い浮かんで思わず笑いが込み上げてきてしまった。最初は控えめな笑いだったんだけど、笑いが笑いを呼んで、気がついたら腹の底から笑ってしまっていた。こんなに大笑いしたのはかなり久しぶりなような気がする。  カイトさん最高! 可笑しくて可笑しくて、自分でも何でここまで可笑しいのかわかんないけど可笑しくて、最後は涙まで出てたみたいだ。

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