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【番外編】タケルの恋

 ふと見えた彼の表情は儚げで、一瞬とても好きだった人の表情と重なった。  カウンターの一番奥の席に座ってバーボンのロックを注文する。注文したのはクレメンタイン、さほど高くない銘柄だ。バーボンの中では甘めに分類されるがしつこくなくて度数もあり、でもそこそこ深い味がする。丸氷で冷やされたそれを一口飲むとやっと仕事の緊張が取れたような気がした。この酒はラベルも好きだ。一説にはクレメンタインとは川で溺れ死んだ女の子の名前だと言われている。だから少し切ない味がするのかもしれない。  ここへ来たのは1年ぶりだろうか? たしかコウさんの誕生日に皆でドンちゃんやろうと言う話になって集まったのが、最後だったような気がする。そう考えると本当に久しぶりだ。以前はちょくちょく来ていたゲイバーも、店内を見渡してみても見知った顔はほとんどいなかった。  なんやかやと忙しく月日が過ぎていって、気がつけば来月31になる。先輩は先日結婚したし、ケンスケさん夫婦は落ち着いた雰囲気をかもし出してるし、智サンたちは未だに熱々のカップルだ。そしてあろうことかコウさんにも最近恋人が出来た。いつの間にかオレだけがひとりのままだった。  寂しいかと言えば寂しい。でもまだ新しい恋をしたいとも、手ごろな出会いで遊びたいとも思えないから仕方が無い。あれから2年以上経つけれど、やはりまだ心のどこかで諦めきれないものがあるみたいだ。  智サン……。亮介さんと一緒になってからの智サンは、本当によく笑うようになった。以前の寂しそうな笑顔を知ってるから、それだけは良かったと思っている。ただ、出来ればその笑顔はオレが引き出してあげたかったとも思った。まあだからと言って亮介さんから奪いたいとは思わないけどね。でも……好きだったなぁ……。  気がついたら、ひとつ開いた隣の席に男がひとりで座っていた。考え事をしてるうちに来てたらしく、誰もいないと思ってた場所に人が座っていて驚いた。どちらかと言うと人の気配に敏感な方なのだ。つまりはよっぽど考えに没頭していたと言うことか。  2杯目のバーボンをちびちびやりながら、さりげなく彼を観察してみた。何故かは分からないが目が離せなかったんだ。  座ってるからはっきりとは言えないが、身長はそんなに低い方じゃないと思う。中肉中背、決して痩せてるワケじゃない。でも何故か儚げに見えた。  そして……、悲しそうに目を伏せたその表情が、一瞬智サンの顔と重なった。 「え……っ?」  思わずマジマジと見てしまった。ドクドクと心臓の鼓動が煩い。でも……、見れば見るほどそいつは智サンとは似ても似つかなかった。だったら何でそう見えたんだろう? 疑問に思えば思うほど、オレは彼の顔を見つめていた。 「あの……」 「あ、ごめん。えーっと……、ひとり? それとも待ち合わせ?」  穴が開くくらい見つめてしまったから、さすがにその視線に気がついたみたいだった。遠慮がちに声を掛けられて我に返った。マズイ。オレは体裁を取り繕って話しかけた。 「あ、えーっと……、ひとり、です」 「出会いを待ってるとか?」 「そ、そんなワケじゃなく、ただ、その……」 「悲しそうな顔をしてましたよね。何か辛いことでもあったんですか?」 「いや、あの……」  渋る彼を言葉巧みに誘導して話しを聞き出した。別にどうこうしたいワケじゃなかったが、さっきの悲しそうな顔が気になったのは事実だし、久しぶりのゲイバーだから誰かと話をしたかったのも事実だ。それに……、智サンの顔と重なったのも気になったんだ。  ひとりでバーに入るのは初めてで、だから知らない店よりはと以前一度だけ連れてきてもらったここに入ったそうだ。以前来たときの店の雰囲気が楽しそうだったから、少しは気がまぎれるかと思ったと言っていた。  ぽつり、ぽつりと話した内容はこうだった。彼は少し前に、2ヶ月ほど付き合った男に振られたそうだ。もともとはノンケで、その人の強引なアプローチに引き摺られる形で付き合って、気がついたら自分も好きになってたそう。だがしかし、自分の気持ちに気がついた途端振られてしまったと言っていた。 「やっぱり……、抱くなら女の方が良いって。興味本位で付き合ったけど数回抱いたら飽きたって……。それで、最近彼女が出来たから、もういらないって言われて……」  ヒドイ話だと思う。聞けば聞くほどその男の不誠実さに腹が立つ。ただでさえ同性同士の恋愛はいろいろ制約があると言うのに、加えて『受け』の方にはもっと問題だ。ふと、以前智サンが話してた『渡っちゃいけない川』って話を思い出した。だからオレはノンケの男にちょっかいを出そうとは思わない。 「ヒドイ男ですね。なるべく早く忘れた方が良いですよ」 「わかってます。でも……」 「一度好きになったら忘れ難い。わかりますよその気持ち。オレもそうですから」  その後どうしてそうなったのかは自分でも良く覚えてない。覚えてないって言うか、何となく気になって、何故か一緒にいたいなって思って、気がついたら一生懸命口説いてて、そして今、ホテルのベッドの上で濃厚なキスをしていた。 「んんっ、ん、ん……、んっ」  強張っていた身体が、キスが深くなるにつれて力が抜けてきてるのがわかる。一度口を離したとき、トロンとしたその表情がたまらなくて、一気に中心に熱が集まっていった。 「今更ですが名前、下の名前聞いて良いですか? オレはタケル」 「サクヤ」  名前を聞いてなかったなんて、本当に今更だと思う。  キスをしながら少しずつ着ているものを剥いでいった。耳朶から首筋、鎖骨へと唇を移動させていくと、感じている反応が初々しい。「先にシャワーを」なんて言われたけど却下だ。待ってなんかやれない。感じさせて、啼かせて、トロトロに溶かしてあげたい。それから繋がって、何もかも忘れてオレだけを見て欲しい。急激に膨れ上がった独占欲に驚きつつも、目の前の彼の身体に没頭していった。  なるべくゆっくりと愛撫していった。胸はまだそんなに感じないようだったが、それでも少しは反応していたので、続けてったら充分感じるんじゃないかと思った。その後もゆっくりとじらしにじらした、そして最後にヨダレを垂らして硬くなっている彼のモノに舌を這わせた。そこはパンパンに膨れてて、少しの刺激ではじけそうなくらいだった。 「あっ、ヤッ、ダメッ、タケルさんっ」 「口でされるのキライですか?」 「だって、その、されたこと、ない、から、あ、あ、ああっ、ああダメ」  まさか初めてだとは思わなかった。前の不誠実な男に腹が立ったと同時に、嬉しいって気持ちも湧いてきてしまった。これも独占欲だと思う。もっとオレに溺れて……。そう思いながら愛してあげた。 「あっ、や、そんな、あ、あ、あ」  25歳って言ってたっけ。若くてしなやかな身体は与えられる刺激に素直に反応して、その度に後ろが締まって持ってかれそうになる。SEXなんてかなり久しぶりだけど、それを抜きにしても相性が良さそうだ。キスしながら、感じるところを擦りつつ奥まで抉って、ゆっくりじっくりと抽挿したのにもちゃんと反応して、彼はもう何回イったんだろうか? そんなのがすごく嬉しい。 「ふっ……」  どうにもこうにも加減が出来なかったことに苦笑いだ。イキ過ぎて気を失ってしまった彼、サクヤを前に少し迷って、それからフロントに連絡してタクシーを呼んでもらった。きっと明日のチェックアウトの時間になっても腰がダルくて動けないだろうから、そうさせてしまった自覚はあるから、とりあえずサクヤを連れてタクシーで自宅へ戻った。 「寝顔は平和そうですね」  自宅のベッドに寝かせたサクヤの寝顔を見て、思わずそう呟いた。  近い将来オレの心の中心にコイツが住みついている……。  出会いは偶然だけど、この予感はきっと当たりそうな気がする。

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