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【番外編】2年後

 某ホテル宴会場。200名は余裕で収容できるこの広間に今は招待客がびっしり詰まってる。今どきこんな規模でやるなんて、もしかしてアイツらはどっかの金持ちの子息とか令嬢とかなんだろうか?  今オレらが座ってる席はやや前寄りの真ん中だ。丸テーブルについてるのは6名。オレ、亮介、ケンスケさん、カイトさん、コウ、タケルの6名だ。つまりいつものメンバーってこと。全員礼服だから華やかさなんてのは皆無だったりする。唯一テーブルの真ん中に飾ってある花だけが彩りを添えてくれていた。  いつものメンバーに1名足りないって? それはそうだ。だってアイツは……。 「では、新郎新婦の入場です。皆様、拍手でお迎えください」  会場が暗くなって入り口にスポットライト。ドアが開いて一礼してから入ってきたのは信一と及川女史だ。何だかんだと順調に付き合いを続けて、そして今日あのふたりは結婚式を挙げた。最後の方は焦れた女史に外堀を埋められたらしく、「もっと遊んでいたかったのになぁ」とボヤいてたのが記憶にある。  このふたり、一度だけ破局の危機を迎えたことがあるんだ。原因は信一の浮気。しかも相手は女じゃなくて男だ。及川女史は悩んだ末、最後は開き直ってゲイバーに乗り込み信一を奪還してきた。浮気相手だった男は遊びだったらしく、面倒事はゴメンだと信一の元を去っていったそうだ。  信一に浮気クセは無いと思うんだけどさ、及川女史は結婚後も苦労するかもしれないね。 「普通のカップルは羨ましいよねぇ。披露宴やってご祝儀貰えるんだよぉ」 「なんだ、カイトも披露宴やりたかったのか?」 「ご祝儀貰いたいじゃん。オレら払ってばっかだしぃ」 「その気持ちわかりますよ。結婚の予定が無い独身も払うばっかりですから」 「披露宴はともかくパーティくらいはやれるんじゃないか?」 「えっ、どこで?」 「ゲイバーで」 「それって単にドンチャン騒ぎしたいだけじゃん」  司会の人が新郎新婦のフロフィールをおもしろエピソードを添えて話してるんだけど、オレらのテーブルはそんなのを無視してワイワイやってる。まあ周りのことを考えてボリュームは抑えてるけど。そんな中でオレだけは無口だ。そりゃそうだよなぁ、オレ以外はただの招待客なんだからさ。でもオレにはスピーチが待ってるんだ。  オレの立ち位置ってのは信一の高校からの友人で親友で、そして及川女史と信一を引きあわせた人で、あと社会的な立場で言うとオレは及川女史の同期であり上司でもあるんだ。理由は知らないが去年オレのチームに及川女史が移動してきて部下になったんだよ。同期が部下ってのはやり難いったらありゃしないよ。しかも上司を「相田ちゃん」て呼ぶ部下ってどうさ?  いろんな立場を考えるとオレの席は主賓席かそれに近い場所になるらしいんだ。だけど申し訳ないけどその席は遠慮させてもらった。オレとしてはやっぱり亮介と一緒の席に座りたかったからね。それだけは譲れない。その代わりにスピーチは逃げられなかったってことだ。オレのスピーチは3番手、それぞれの会社の一番偉い人のスピーチの次ってワケだ。嗚呼気が重い……。 「信一くん、三奈さん、この度は結婚おめでとうございます」  紹介されて仕方無しにオレはスピーチを始めた……。  おめでたいとは思ってるよ。たんにスピーチが嫌いなだけ。  披露宴の後の2次会もオレたちは強制参加だった。ふたりに頼み込まれてってカンジだろうか? だから会費も無料で、受付には事前に支払い済みってことになっている。 「ごめんねぇ。でも私の友達は独身ばっかなのよ」  そう言うのは及川女史、今日からは高梨夫人か。及川女史の友人に独身女性が多いから2次会だけでもその相手をしてくれってことみたいなんだ。彼女たちは数少ない優良物件を探しに来るんだからそのお願いはちょっと違うと思うんだよね。頑張ってアプローチしても無理なんだし。でもまあ主役ふたりからのお願いだから今回だけは仕方ないかってことで……。  亮介は今でも女性にモテる。ケンスケさんはワイルドな雰囲気だし、カイトさんは優しい雰囲気の美人で女性受けは良いと思う。タケルも背は高いし営業って仕事柄人あたりは良いんだよね。そしてコウも意外と女性に人気がある。  あれっ、モテないのはオレだけじゃん。なんて、別にモテたいとは思わないけど、ちょっとその現実にうじうじしたくなるのは仕方が無いと思うんだよな。  そう言えばオレと亮介の関係は既に及川女史にバレてたりする。と言うか、結婚するにあたって、信一がオレたちの集まりに女史を連れてきたからさぁ、そこでバレちゃったんだよね。まあ特に内緒にしたいワケでもなかったから良いんだけど。 「うわぁ、信一くんよりイケメン!」  亮介を見たときの女史の第一声だ。亮介も信一もめちゃ嫌そうな顔をしてたのが印象的だった。 「女子ってすごいねぇ」 「そうだね。上手く誤魔化してるけど、皆顔が引き攣ってるし」  会場の隅に陣取ってコウとオレは仲間たちの困った状態を眺めていた。亮介、ケンスケさん、カイトさん、タケルはそれぞれ女性に囲まれてたりするんだ。今日は信一の為ってことで頑張って女性たちの相手をしてるけどさ、ホントにこれで良かったのかなぁって思ってたりする。だって夢は今このときだけだもん……。 「タケルはともかくとして、あとの3人は指輪してるじゃん、彼女たちどう思ってるのかな?」  コウが不思議そうに呟く。いや、きっと見えてないと思うよ。たとえ目に入っても脳が処理しないんじゃないかな。 「あのぉ……」 「ん、どうしたの? 2次会は楽しんだ方が良いよ?」  女子がふたりコウに話しかけてきた。オレも仕事すっか!てなカンジでコウはそのふたりをエスコートし始めた。うん……、やっぱオレだけなんだよな、モテないのは。だからって羨ましくなんかないぞー! 「スイマセン、おひとりですか?」 「えっ? えぇ……」 「男性に言うのは申し訳無いんですが、貴方のような可愛らしい人がひとりでいるのを見ていて悲しくて、つい声を掛けてしまいました」 「えっ? ぅおっ!」  いきなりオレの手を持って話す男性。推定40代前半、誰だコイツ? って言うか、もしかしてオレって女性じゃなく男にモテるのか? 「いや、あの……、オレ一応ひとり身じゃないので」 「でもこの場では貴方はひとりだ。今この場だけでも良いので、私の相手をしてくれませんか?」  そう言いながら、もう片方の手もとられてしまった。  ダメだ……、全身に鳥肌が立ってしまう。に、逃げてもいい?  顔を引き攣らせて、かつ、腰が引けているオレの元に亮介とタケルが駆けつけてきたのが数分後。ケンスケさん、カイトさん、コウが来て、周りの注目を集めまくるのが、更にその数分後位だろうか……。  おかげで週明け大変だったし。オレのパートナーが同性だってのは隠してないから会社で知ってる人は多いんだけど、その相手が亮介ってことで2次会に参加してた女子にかなり睨まれちゃったよ。オレの指輪を無視して紹介してってお願いする人多数……。この場合、紹介して亮介の方から断ってもらう方が良いんだろうか? どっちにしろオレは会社の女子を敵に回したらしい。今後の仕事に影響しそうで怖いよ。オレは悪くないのになぁ。  何はともあれ、あのふたりはオレらには疫病神だ。新婚旅行のお土産は高価なものを寄こせって言っておいたけど、旅行明けの及川女史にはもちろん一番大変な仕事を振る予定だ。ふふふ……、新婚生活? そんなの知らん。これくらいは甘んじて受けてくれるだろ? オレだって大変なんだからさ。  ちなみにオレに言い寄ってきた男は及川女史の年の離れた兄貴だそうだ。彼女の上には兄貴が3人……。ゲイがいるって情報は事前に教えろよ。  まったくさぁ……、オレと亮介の間には何人(ナニビト)も立ち入り禁止!

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