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第1話

新しいマンションに引っ越した。 ワンルームで一人暮らし。いや、キリンも一緒だけど。 山手線沿線、駅徒歩7分。ワンルームとはいえ、築6年で家賃5万円、敷礼ゼロは破格だ。さらにペット可とくれば、よほどのバカか田舎者じゃなきゃピンとくる。 そう、ここはいわゆる事故物件だ。 4月の新生活シーズンに入居した前住民は、1ヶ月も住まなかったらしい。その前も、その前も、入居者がすぐに逃げ出すいわくつきの部屋。 俺はちゃんとその説明を受けた上で、契約書にサインをした。 事故物件、どんとこい。 だいたい、この地球上で今までに人の死んでない場所なんてあるのか? 俺に言わせりゃ、幽霊なんておとなしいもんだ。 生きてる人間の方がよっぽど恐ろしい。 聞いた話じゃ、部屋にいるらしい幽霊さんは特に悪さをするわけでもない。 ただ、いる。 それが怖い。 だから店子が入らず、入っても長く住まないらしい。 俺はケージに入れたキリンと一緒に、先週ここに引っ越してきた。引っ越し当日は雨。でも荷物なんかほとんどないから、特別問題もなかった。 この季節だけに、それ以来ほとんど毎日が雨だ。ジメジメ、しとしと。 「南向き日当たり良好」の恩恵が全く感じられない。 でもここは駅もコンビニも近く、交通至便。「彼」の存在を気にしないようにすれば、部屋の居心地も悪くない。 「キリン、メシだぞー」 名前を呼ばれたからか、缶を開けた音かにおいに反応したのか、キリンは音もなくベッドの下から出てきた。 俺の前を素通りして、真っ直ぐにキャットフードをあけた皿の方へと向かう。すぐに口をつけようとして、ふと顔を上げて部屋の隅をじっと見つめた。 「大丈夫、気にするな」 俺がそう言うと、キリンは気を取り直したようにムチャムチャとツナ味のフードを食べ始めた。 やっぱ、猫には見えるんだな。 犬も、そういうのに吠えるって言うもんな。 俺は目を合わせないように、横目で部屋の隅をそっと見た。 服装までは、はっきり見えない。裸じゃない、それはぼんやりと分かる。 俺がこの部屋の内見に来たときから、がらんどうのここにはこいつがいた。 ずっと同じ場所、窓から遠い北西の角に。 同じ歳くらいの、背の高い男が立っている。 顔はまぁ、わりと好み。 ふてくされたような雰囲気だけど、生きてるときだったら同じ部屋にこいつがいたら意識したかもしれない。 違う意味で、今だって意識はしてるんだけど。 俺にとっては、なんつーか、部屋の隅に等身大の男の風船がゆらゆらしてるような感じ。 怖い、という気持ちにはならない。 ぶっちゃけわりと教室にはいつもいたんだ、こういう奴。 大きな交差点とか駅とかではほぼ必ず遭遇。 つまり、俺はそういう体質なんだと思う。 だから、経験上、こいつはヤバイやつ、こいつは大丈夫なやつ、ていう区別はなんとなくできるんだ。 そんでこいつは、多分、大丈夫な方。 同居人?先住民?そんな感じ。 全く霊感のない人間にとっては、こいつのおかげで好条件の部屋が格安で借りられるんだから、ありがたい存在かもしれないのに。 今までこの部屋に入居した人たちは運悪く、みんなちょっとは「感じる」奴らだったらしい。 俺だって感じるけど、まぁ、平気。 むしろ、財布的には感謝すらしてる。 欲を言えば、玄関か廊下に立っててくれれば尚良い。風呂でもいいや。男同士だし。 べつに、メシとか着替えとか見られるのは構わないんだ。 でもやっぱ、健全な20代の男なら、寝酒の代わりに一回抜けばすっきり寝れるってもんで。 ぶっちゃけ、その間は向こう向いててくんねぇかなって、そこだけはちょっと不満。 でもまあ、猫と一緒に暮らしてりゃあ、見られることには慣れてて。もはや完全に1人じゃなきゃ落ち着いて抜けないって繊細さは皆無。 ただ。 いっつもボーっと立ってるだけのあいつ、俺が1人でいたしてる間だけは、なぜかガン見してるような気がすんだよな。

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