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第30話(最終話)
──お前よりも、俺の方が嬉しいに決まってる……。
そう思いながら、マシューはイアンの好きなようにさせていた。
ネクタイが解かれ、シャツのボタンを外されて、首筋を熱い舌が這う。
「……っ、イアン……っ」
しかし、項にピリリと甘い痛みが走ったところで、マシューは思わず声を漏らした。
痛みを訴えるものでなく、拒絶を示す言葉でもなく、その声には甘やかな吐息が混じる。
「離れていても、安心できるように……ね」
項に残した小さな噛み痕に、イアンはそう言いながら何度も口づけて、滲む血を拭うようにまた舌を這わせ、匂いを嗅いだ。
マシューは、首筋に鼻先を擦り寄せるイアンの髪を撫でながら、思わず小さく笑ってしまう。
幼い頃からずっと傍にいたのに、こんなに心配性だとは、知らなかった。
「イアンは、何も心配する事はないだろ?」
「だって、一緒に行くのが、あのトレイターだもの……マシュー、絶対に気を許してはいけないよ」
「しないよ、そんな事」
知らず知らず、二人とも、話し方が幼い頃に戻っていた。
まだ主従という意識を持つ前の、ありのままの二人だった。
また唇を重ねると、一気に熱が上昇していく。
お互いの身体を抱きしめ合い、お互いの服を脱がしにかかる。
その時、車のクラクションを鳴らす音が、けたたましく外から聞こえてきた。
あの鳴らし方は、トレイターだろう。マシューが出てこなければ出立できないから、相当に焦れているようだ。
「……煩いな」
「もう……行かないと……」
どちらからともなく、最後にもう一度だけ唇を重ね、名残惜し気にリップ音を響かせながら身体を離す。
「イアン様のお気持ちは、しっかりとアーロン様に伝えてまいります」
乱れた衣服を整え、マシューはイアンの前に跪き、その手を取り、唇を寄せた。
「切り替えが早いな、マシューは」
そう言って、笑みを零すイアンを、マシューは眩しそうに見上げ、微笑みを返した。
*
これから先、どうなるかは、まだ分からない。
長を継ぐイアンと、ただの使用人でβ性のマシューとの仲を、周囲に認めてもらう事は、そんなに容易な事ではないだろう。
でも……お前が約束してくれたから……。俺はそれを信じるだけだ。
────────
────誰よりも強く、美しいイアン。
俺の一生を賭けて、お前を守ろう。その気持ちは、これからも変わらない。
そうして、二人で共に生きていこう。
この命が尽きるその時まで。
────『As you wish.』
──END.
2019/07/02
+ to be continued → →
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