1 / 6
第0話 プロローグ
毎日、毎日同じ事の繰り返し。
朝起きて、歯を磨いて、制服に着替えて、朝食を抜いて家を出る。
家を出ると十分程度の距離に駅があって、丁度良い時間に来たそれに乗り込む。
そんな毎日……。
けれど、そんな毎日が若葉 にとったら幸せな事だった。
ーーー君、あの家の子?
ジメジメした梅雨の日だった。
新しい傘を買ってもらったばかりの若葉は、ルンルンした気分のまま家を出た。
けれど、家を出てから数分後。背後から知らない男に声を掛けられた。
その声は野太く、今思い出すだけでも悍ましいくらい低い声だった。
若葉は声を掛けられ無意識に後ろを振り向き、男を見る。だが、そこには顔をお面で隠した男がスッと立っていて、若葉が思っていたよりも近距離にその男は立っていた。
それに驚いた若葉は、慌ててこの場から逃げようとしたのだが、雨のせいで転んでしまい、逃げ切れなかった。
ーーー逃げんな! 大人しくしてろッ!
そう怒号した男は、ガシッと痛いくらいに若葉の腕を掴み、顔をタオルか何かで覆い隠して来た。
その瞬間。視界は真っ暗になり、息も苦しくなった。
若葉は、どうしよう……そう思いながら、恐怖で震えた。
ここは人通りの少ない場所だ。高級住宅街とも言えるこの場所は、この時間に家を出入りする大人はあまりいない。
皆、仕事に行っている時間だ。
それを知っているから、若葉は尚更恐怖に怯えた。
助けに来る人間なんかいない。そう思ってしまうのが辛かった。
ーーーおいっ。
けれど、そんな若葉にヒーローが現れた。
ーーーおっさん、なにしてんの?
そう言って、足音が近付いて来るのが分かった。雨がバチャッバチャッと激しく弾ける音がした。
ーーーその子を離せッ!
そう叫ぶと、ヒーローは若葉の身体を男から引き離し、勢い良く男を蹴飛ばした。
グアッーーー野太い男の声が少し離れた場所から聞こえ、バチャチャッと大きな物が雨に転がる音がした。
ーーー大丈夫か?
ヒーローは若葉の身体を優しく抱き締めると、顔を覆ったタオルを取ろうとしてくれた。
けれど、殴られた男が逃げようとしたのに気付いたヒーローは、若葉を近くにいた通行人に預け、逃げた犯人を追い掛けてそのまま行ってしまった。
若葉は固く結ばれたそれを解いてもらい、辺りを見渡したのだが、後方の先に学ランを着た男が黒い服を着た男を追う姿しか見えなかった。
あの人だ! そう、若葉は叫んだが、後を追う力は出無くて、ただ、雨の中、ジッと目を凝らしながら消えて行く背中を見つめ続けるしかできなかった。
あれから月日は流れたが、若葉は今でもその学ランを着たヒーローの事を覚えている。
顔は見ていないが、背中と声だけは今でも覚えていた。
そんな少ない情報でも、若葉は今でも鮮明に助けてくれたヒーローの事を覚えていて、何一つ忘れた事が無いまま月日だけが過ぎて行った。
「また、会えないかな……」
雨が降るといつも思う。
雨の中助けてくれたあのヒーローの事を。
ともだちにシェアしよう!