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第1話 もしかして?

***    外は朝から雨が降っていた。  放課後になった今も、雨はまだ降り続けている。 「なぁ、この女優すげー可愛いよな!」 「はぁ? 彼女いる奴がそんな発言してんなよ! な、若葉!」 「え? あ、そうだね……」  外が雨でも晴れだとしても、話しの内容はいつもと同じで代わり映えはしない。  思春期真っ盛りの若葉達の年代は、異性に対しての興味が強く、そんな会話ばかりしている。  けれど、若葉はその会話に対して興味を持った事は一度も無かった。  ただ、聞かれた事に対して否定はしない。  それだけはずっと続けていた。 「俺達にも早く春が来るといいよなー!」 「そう…だね……」  だからこそ、若葉は自分の人生に諦めを感じていた。  自分の恋愛対象が同性だと言いたくても言えなかった。  それを言う勇気がまだ無い……。 「春か……」  そう考えると、自分にそんな存在ができる気もしない。  けれど、男に組み敷かれ、抱かれたいと思う欲求は何故かあった。  そんな自分が大嫌いだった。  でも、この日の放課後それは突然起きたーーーそれは、本当に突然の事だった  帰宅部の若葉は放課後、部活がある友人達と別れ、一人駅へと向かった。  帰宅するのは大体同じ時間帯で、乗る時間も大体同じだった。けれど、今日はコンビニで飲み物を買ってしまったから、いつも乗る電車には乗れる事ができず、階段を降りた所で行ってしまった。  それを見た若葉は、鞄からイヤホンを取り出し、時間潰しに曲でも聴こうと耳にそれを嵌め込もうとした。 「あぁ、分かった。そのまま戻る。上にもそう伝えといてくれ」  けれど、隣に立ち止まった男の声を聞き、若葉はイヤホンを持つ手をピタッと止めてしまう。 「飲み会? 明日だろ? は? 合コン? そんなの俺は興味無い。若い人間だけで行けよ。あぁ、俺はパスだ。悪いな」  そう言って、男は電話を終え、スマホをスーツの胸ポケットへと仕舞った。 「アイツら若いな……」  そう呟き、フッと笑った声が聞こえた。  若葉は何故かその声の主が気になって、そっと気付かれないように、チラッとだけ隣に立つ男を見た。  すると、その笑みは柔らかく、目元の小じわが大人の色気を醸し出す紳士的な男が立っていた。  そんな男の横顔に若葉は釘付けになる。  でも、横目でチラッと数秒見るくらいしかできなくて、ちゃんと男の顔は見れない。  なのに、心臓が煩い……訳がわからない。  ただのスーツを着た男の人に、なんでこんなよく分からない気持ちになるのだろうか。 ーーー大丈夫か?  しかも、あの時のヒーローが頭に過ぎる。 「お、来た……」  電車は若葉の気持ちを待つ事なく目の前に来てしまった。なのに、若葉はそれに乗る事ができず、ただ、隣に立っていたスーツ姿のその男が電車に乗るのをただ見送った。 「行っちゃった……あっ!」  そう思った瞬間。若葉は男の顔をちゃんと見なかった事に気付き、ショックを受けた。 「もう、会えないかな……」  そんな奇跡がもう一度起きないかな。そう強く思いながら、若葉は静かに次の電車に乗った。 ***  母親は大手企業の社長令嬢。父親はその会社に勤めていた平社員。  だから、若葉はごく普通に育って来たつもりだった。 『あら、大城(おおしろ)さんの所のお坊っちゃん。あなた、私服の学校に通ってるのね。お爺様がよく承諾したわ』  けれど、知る人は若葉がどんな存在なのか知っていて、親戚の人からの嫌味や、揶揄い。そして、若葉が大手企業の社長の孫である事を嗅ぎ付けた人達が、隙を見て話し掛けて来て近付こうとして来る人達も多くいた。 『今日は雨が降ってるわ。一人で行ける?』 『うん。行けるよ。大丈夫だよ、ママ』  そんなある日。事件が起きた。若葉を誘拐しようとした輩がいたのだ。それは巧妙な手口で、雨の日を狙って。  でも、それを回避できたのは一人の学ランを着た青年のお陰だった。 『大丈夫か?』  そう若葉に聞いた彼は、若葉が無傷だと知ると逃げた男の後を追った。  目を塞がれていた若葉は、助けてくれた人の顔を見る事はできなかったが、外れた目隠しから一瞬見えた彼の後ろ姿のシルエットだけは辛うじて見えた。  だから、手掛かりはその背中と声だけだった。  日が経つにつれ、あの誘拐事件の事も薄っすらとなりつつあり、でも、彼の事だけは常に心の中にはあった。  だから、隣に立ったスーツ姿のあの男の人を見て、またあの時の事を思い出した。  それくらい今日の男は若葉のヒーローに似ていた。  あの頃よりも少し声は低くなっていたが、たぶん、きっと彼がそうだと若葉は冷静になった今更にそう思う。 「もう一度、会えないかな……」  奇跡でも良い。また会いたい。  そして、もう一度彼に会えたなら、ちゃんとあの時の礼が言いたい。  あと、この気持ちをハッキリとさせたい。 「よし! 寝るぞ!」  若葉は寝る前に彼との再会を期待しながら、ドキドキする胸を押さえ、深く息を吸い眠りについた。

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