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第2話 偶然でも

 あれから一ヶ月。  残念ながら、まだこの間隣にいた彼とは一度も出会えてはいなかった。 「軽率だった……」  電車の改札前やプラットホーム。若葉は毎日の様に男を探した。  けれど、友人と一緒にいるか、電話をしていないと声が聞ける事は無く、未だあの人に似た人と遭遇する事は無かった。 「若葉、今日の帰りも遊べんの?」 「ごめん。今日も用事があって……」  放課後。友人の誘いを今日も若葉は断った。  これで何回目だろうか、友人の誘いを断るのは……。 「はー……そろそろ諦めないとな……」  分かっている。分かってはいるけど、それができないから困っている。  今日会えなくても明日、明日会えなくても明後日……そんな風に次へ次へと期待を持ち越して行き、その度に落ち込んでいく。 「こんにちは」  改札に向かっている途中。突然、背後からチャラそうな男が声を掛けてきた。  見た目は20代前半。若葉とは年齢が違いように見える。  でも、全く知らない顔だった。 「君、今から暇?」 「え……?」  突然そんな事を言われた若葉は警戒心を抱き、一歩足を引き、なるべく男と距離を取った。  ここはこの時間人通りが少ない場所。今も、近くを歩く人はいない。 「いやー。俺、今から知り合いの所に行かなきゃいけないんだけどさ、一緒に行くはずの君くらいの男の子が約束の時間になっても来なくてさー、困ってたんだよ」 「え?」  と、言われても……。 「で、軽いバイトだと思ってさ、今から一緒に来てくれない?」 「え? 僕が??」 「そう。日当、3万出すよ。相手に気に入って貰えたらプラス5万は貰える。どう? いいバイトじゃない?」 「え? で、でも僕……」  お金は欲しいが、そんな怪しい所には行きたいとは全く思わない。  それに、そんな誘いに乗るほど馬鹿では無い。 「僕、行きませ……」 「大丈夫大丈夫! 本当、今時間無いんだ。話しは歩きながらで、ね」  そう言って、男は半ば無理矢理若葉の腕を掴んで何処かへと連れて行こうとした。 「ちょっ、僕は無理ですって!」  そう言うのに、男の顔は恐怖と安堵の複雑に混じったような顔をしていて、聞く耳も無かった。  余程、これから向かう誰かの事が怖いようだ。  けれど、そんなの知ったこっちゃない。  自分には関係無い。 「ぼ、僕は行きませんッ! 離して下さい!」  若葉はそう言って、空いている手で男の手を掴んだ。 「はぁ? もう行くっつってんだろ! こっちは切羽詰まってるんだよ! 大手企業のお孫さんよぉ」 「!」  その言葉に、男は若葉の素性を知っている事に気付く。 「お前を引き渡せば大金が入んだよ! ほら、早く来いッ!」 「……嫌だってっ」  若葉を誘拐して拉致する理由がその時分かったーーー身代金欲しさだ。 「はな……離して……」  怖い。  本当に怖い。 「離せって……ッ」  そう何度も言っているのに、男の力が強くて離れない。それに、周りに助けてくれそうな人もいない。 「大人しくしてなっ」 「イタッ……」 「この細い腕を折られたくなければな!」 「っ……」  そして、若葉はそのまま強引に路駐された黒いワンボックスカーの後部座席に無理矢理押し込まれそうになった。  中には2人、黒尽くめの男達が身構えていて、若葉の手をガシッと掴む。 「はい、ストーップ」 「!」 「だ、誰だあんた!」  けれどその時。聞き覚えのある声が聞こえ、若葉の身体がひょいっと後ろに引かれた。そして、大きな逞しい胸板に引き寄せられる。 「お前らそのまま動くなよッ! 現行犯逮捕だッ!」  そう男が叫ぶと、5、6人のレスラーみたいな男達が車の中に勢い良く乗り込み、中で暴れる2人の男を蹴散らして手錠を嵌めた。 「え……?」  若葉はその様子を、若葉の事を大事に守りながら抱き締めてくれる男の腕の中でポカンっと見詰めた。 「大丈夫か? なにかされたか?」 「あ…あの……今の……」 「手首赤くなってんな。クソッ、あの野郎後でしばく」  男はそう言うと、若葉を軽々とお姫様抱っこし、スタスタと歩き出した。 「え!? あ、あのっ、僕自分で歩けま……」 「震えてる。無理するな……」 「っ……」  そう言われ、若葉は自分の身体が震えているのに気付く。  やっぱり、誘拐なんて慣れる事は無い。  こんな風になったのは二度目で、こんな風に助けられたのも二度目。 「2回も誘拐されそうになるとか……少女漫画のヒロインかよ」 「!」 「まぁ、可愛いのは違いないか」 「えっ! あ、あの……僕の事……」 「忘れるわけねーだろ。新品傘のお坊っちゃん」 「!?」  男はそう言うと不敵に笑い、あの時見たかったあの顔を若葉はようやく見れた。 「元気だったか?」  その言葉に若葉は何度も頷き、〝ありがとう〟と何度も泣きながら礼を述べた。  これは奇跡? それとも偶然?  若葉は恐怖心よりも、男との再会に胸が踊った。

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