34 / 66

第34話

 いただきますと手を合わせて希が料理を食べるのを、奎吾は何も言わずにじっと見ている。奎吾の言うとおり、店は料理もおいしかった。気がつけば腹は満ちて、ほどよくアルコールも回り、希はすっかり楽しい気分になっていた。 「・・・・・・お前、若いときに父親を亡くしたと言っていたが、きっといい育てられ方をしたんだな」  希は奎吾に顔を向けた。言われている意味がわからない。 「・・・・・・ひょっとしてバカにしている?」  それで疑問を口にすると、奎吾は顔をしかめ、何でだよ、と言った。 「さっき、飯を食う前、自然に手を合わせただろう。お前の歳で珍しくないか」 「ああ、それは俺が父親の代わりみたいなものだったから・・・・・・」  本当にこんな話が聞きたいのだろうか。希が奎吾を見れば、続けろ合図された。 「ほら、うちは父親が早くに亡くなったって言っただろ? そのとき弟はまだ三歳でさ、父親の死を理解できなかったんだよ。母親は看護師をしていて、うちには俺とまだ小さい弟しかいなかった。それでお手本にならなきゃとしているうちに癖になっちゃってさ」  のぞちゃん、眠れない。のぞちゃんもいなくなっちゃったらどうしようと、毎晩眠るたびにおねしょをする明に、高校生だった希は困惑した。父親を亡くしたばかりのショックと、いままで当然のように目の前にあったものが、ある日突然崩れ落ちるように変わってしまったのだ。

ともだちにシェアしよう!