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第6話
ふと目が覚めた。目の前にふわふわとした獣毛が広がっている。毛布に包まれているみたいだ。顔の上げると聡慧様のお口が見えた。
「起きたのか。」
聡慧様は起きておられたようだ。自分が顔を上げたので気づいてくれたのだろう。覗きこむように目線を合わせて下さる。
「すみません…。途中から記憶が途切れ途切れで…。寝てしまったのですね。」
「良いのだ。余が我慢がきかず無理をさせてしまった。圭は悪くない。」
「はい……。」
まぐわった事を思い出し、自分がはしたない言葉を言っていたことに恥ずかしさが込み上げる。
聡慧様はふっと笑い、抱きしめて下さった。
「とても可愛かったぞ。圭となまぐわいは至極じゃった。」
聡慧様は自分が嬉しくなる言葉ばかり下さる。とても温かい。
「嬉しいです…。自分もとても…気持ちが良くて、満たされた気分です。」
「ははっ、それは嬉しいの。」
聡慧様の大きな手で頭を撫でられる。気持ちよくて、目を瞑りぎゅっと聡慧様を抱きしめ返す。
お互い言葉を交わさなくなったが、沈黙による息苦しさは全くなく、時間が流れる。
「圭よ。」
聡慧様がぽつりと自分の名を呼ぶ。心地よく、再び微睡みに入りそうだった意識が浮上した。
「はい、聡慧様。」
「少し昔話を、をしてもよいか?」
金色の瞳が硝子玉のように光を映し出す。キラキラとして美しい。目線を熱く感じる。
「はい、お聞かせください。」
聡慧様はゆっくりと話し始めた。
「余は元々狼だ。順列は下の方で、狩をして貢献しておった。その日も狩をしており、偶然鹿に襲われていた老婆を見かけた。
その鹿は手負いで、気が立っていた。だから人を襲ったのだろう。余からすれば恰好の獲物で、鹿を仕留めた。久しぶりの大物で老婆のことは見向きもしなかった。
余の行動を老婆は襲われているところを助けてくれたと勘違いをした。そして時期良く、長く続いていた干ばつが改善した。人々は余を山神と崇め、余が死んだ後も信仰を続けた。余の身体はなくなったが信仰の強さは変わらず、本物の山神となったのだ。」
「そうだったのですね。」
聡慧様は一息つくと、自分の顔色を伺う。その瞳は先程の熱はなりを潜め、不安そうに揺らぐ。
「余は山神と祀られるほどのことはしていない。群の長にもなれぬ、弱い狼だ。神となれたのも偶然が重なっただけなのだ。」
ご自分のお話をされている今は息苦しさが滲み出て悲しい。
「偶然だとしてもその老婆は聡慧様が狩をしたからこそ助かったのです。そして、今まで山や村をお守り下さったではありませんか。」
書物でしかみたことはないが、昔起きた天災も山神様への祈りにより、治ったのだ。
「余の力ではない。人の信仰心が余に力を与えておるだけだ。天災を遠ざける力も、余に捧げ物をしたという人の信仰心が高まり、その力を使って治めておるだけだ。」
その力があることがとても凄い事であるのに、聡慧様はご自身の力だと思う事が出来ないのだろうか。
「しかし….祈りだけでは変えれない世の中を聡慧様は変えて下さっていた。とてもすごいことです。…聡慧様はご自身を卑下されておられますが、自分は、聡慧様が山神様と祀られていたからこそお会いすることができました。偶然でも…私にはとても嬉しいことです。」
聡慧様の手に力が篭り、強く抱きしめられる。
「圭……。お主は余を喜ばせるのがとても上手いの。」
「それは……そのまま聡慧様に返させていただきます。」
自分もぎゅっと抱きしめ返し、どくどくと鳴る鼓動に耳を傾けた。
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