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後日談 SS

「圭よ、何だか身体が熱いな?」 包み込まれるように後ろから抱きしめられた状態で、縁側に座っていると心配そうな声が上から聞こえてくる。 服の中に入ってくる、ふわりとした手で身体の熱を確認されると、性的な意味合いはないと思うが、毎晩濃厚な触れ合いをしている身体は敏感になっており、爪が胸の尖りに当たっただけでも、短い吐息が漏れてしまう。 「んっ……」 「苦しいのか?」 聡慧様が自分の身体をぐっと回転させ、向かい合う体勢になる。美しく輝く黄金の瞳が日の光を浴びてさらに綺麗だ。 「いえ……。心配かけてすみません。ここ最近朝と晩の冷え込みが厳しくなってきたので、風邪を引いたのかもしれません。この時期は体調を崩しやすくて…。少し休めば大丈夫です。」 秋から冬へ季節が変わりゆく時、自分はよく体調を崩していた。聡慧様のことろへ来るまでは、薬もない、頼れる人もいない。悪寒と火照りを繰り返しながら、体調が戻るのを布団でひたすら寝て耐えていたのを思い出す。 軽度の咽頭痛と悪寒、頭痛がする。乾いた風がヒューと吹き、呼吸をすると、空咳が何度か出てしまった。 「大丈夫か?身体が冷えてしまうな。横になろう。」 お姫様のように横抱きにされ、ゆっくりと布団の中へ下ろしてくださる。 「ありがとうございます…。」 「何か欲しいものはないのか?すぐに準備しよう。」 「いえ…。大丈夫です。聡慧様はゆっくりなさっていて下さい。」 「いや、圭が辛い時にゆっくりなど出来ぬ。余の番なのだ。何でも申せ。」 「聡慧様……。」 ゆっくり愛しむように頭を撫でられ、じんわりと温かい食事を食べたように胸が温かくなる。自分のことをこんなにも心配してくれるのはこの方だけだ。 「…聡慧様。1つ我儘を言ってもよろしいですか?」 「ああ、よいぞ。言ってくれ。」 「ありがとうございます…。自分は今、悪寒がしてとても寒いのです。是非聡慧様も一緒に床に入り、温めてはいただけないでしょうか?」 「そんな事でよいのか?」 「そんな事ではございません…。自分は一番それをしていただきたいのです。」 「……そうか。では失礼する。」 聡慧様が隣に入り、自分を抱きしめてくれる。ふわりと滑らかな毛並みに包まれ、緑や土といった森の爽やかな匂いが鼻腔を満たす。聡慧様は獣毛があるためか自分よりもいつも温かい。徐々に感じていた寒気がなくなり、身体が温かくなる。 「…身体の震えはなくなったが、熱さが増したな。更に熱が上がっているようだ……。」 「…こほ、こほっ。熱が上がりきったようです……。」 寒気が過ぎると今度は汗がじわじわと出てきた。身体が火照り、自分の息が熱い。 「余が隣にいると暑すぎるであろう。体力がいるし、何か食べるか。蔵を見て、何か作ってこよう。」 「あ………」 聡慧様はそう言うとあっという間に蔵へ向かってしまった。戸を開けたことで冷たい風が入り、部屋は静かになってしまう。 聡慧様と共に生きることにしたが、ただの人間である自分は食事はしなければな生きていくことができない。村からの聡慧様への供物を頂戴したり、森の中に実っている植物や川魚を取って、自分の食事に当てている。冬になると作物の実りが悪くなるため、米や干し柿、干物、味噌など、保存のきくものは蔵に入れていた。 布団で目を瞑っていると、外からパチパチと木が燃える音が聞こえてきて、ふわりと森の匂いとは違ういい香りがしてきた。 (…聡慧様、もしかしてお米炊いてる…?) お米を炊いた時の香りが微かに漂ってくる。そういえば聡慧様は自分が料理をしている時に興味ありげによく隣で見てくれていた。聡慧様が料理をしていることろは見たことはないが、見よう見まねで作って下さってるのだろうか。 木が燃える音や風の音、聡慧様の足音…静かな部屋で聞こえる音は孤独を感じず、安心させてくれる。 足音が近づいてきて、戸が開いた。聡慧様の手に自分がいつも使っている小ぶりの鍋が持たれている。 「聡慧様…。」 「…………。」 聡慧様は無言で自分に視線を送ってきた。耳がいつもより垂れ、伏し目がちでなんだか申し訳なさそうな顔をされていた。 「どうされたのですか…?」 「…圭がしているように作ったのだが、上手く作ることが出来なかったのだ…。」 ゆっくりと隣に座り、盆を置くと起き上がろうとした自分を支えてくれる。 「ありがとうございます。…頂いてもよろしいですか?」 「…よいが、圭が作ったような見た目ではないぞ。食べれなかったら森にいる動物に与えるので気にせず残せ。」 「…そんな事はしませんよ。自分の為に作って下さったんですから。」 お盆を膝の上に乗せて、布巾で鍋蓋を開けるとふわっとお米の甘い匂いが湯気とともに立ち込める。 「わぁ…。すごい。お粥だ…。」 「お粥?」 鍋の中には柔らかく煮てあるお粥が入っていた。聡慧様にお粥を作っているところは見せたことがないのに、作れていることに驚いた。 「圭よ。お粥とはなんだ?これは米、ご飯というものだろう?」 「そうなんですが…、お米を水分を多めに入れて炊いたのをお粥と言うのです。聡慧様、知らずに作ることが出来たのですか?」 「………いや。圭がいつも米を炊く時に指を入れて、水の量を測っておったから余も真似をして炊いたのだが、同じくようにはならなかったのだ。」 「指を入れて……。ああ、そうなのですね。」 聡慧様の手は自分の手より倍以上大きく、指も太い。勿論指の長さも長いため、水の量が増えてお粥が出来たのだろう。偶然だったが、風邪の日にはお粥はとてもありがたかった。 「お粥は消化が良いので風邪の際に食べられることが多いんです。」 「そうなのか…?」 お粥を一口含む。熱くてふはふはと口から湯気を吐きながら食べてゆく。米はほろろと柔らかく、ゆっくりと喉を通っていく。 「……美味しい。」 お粥を食べたのはいつぶりだろう。自分では風邪の時、作る気力はなく作ったことはない。……小さい時、まだ家族がいた時に作ってもらったような気がする。口から喉を通り、鳩尾のあたりがぽかぽかと暖かくなる。 「本当か?失敗ではなかったのか?」 「…はい。とても美味しくて身体に染み渡ります、聡慧様。」 そういって微笑むと不安そうな表情だった顔が甘い菓子を食べた時のように柔らかい表情になる。 「そうか。」 聡慧様に抱きしめられ、艶やかな獣毛に包まれると安心して身体の力を抜き、身を委ねる。 「食べれるだけ食べよ。そしてゆっくり休むのだ。」 「はい……。」 その後も聡慧様は甲斐甲斐しく看病をしてくださり、風邪のときに感じていた孤独は何処かへ消えていってしまい、今はただただ嬉しくて、温かくて、とても幸せを感じた。 fin

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