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第一話 恋文

 可怪しい__  もう随分前から一定の距離を空けて自分のではない足音が着いてきている。それも数分ではなくもう半日になる。最初は気のせいかと思っていたがこれは確実だろう。金は持っているし前職が前職だ。誰かに付け狙われる理由は十分にある。俺は他に通行人が居ない場所まで来てから立ち止まり、塀の陰に隠れている人物に向かって言う。 「いい加減鬱陶しい。何の用だ?」 塀の向こうから伸びた影はビクリと揺れた。俺はその影の主へと近づく。   「何が欲しい? 金か? それとも俺の身体か?」 そこに立っていたのは肩よりも幾分が長い金髪の若い男だった。まるで女のように綺麗だがひと目で男だと分かる顔だ。鼻が高く肌も俺よりずっと白い。多分外国の……西洋人だろう。 「おい、日本語分かるか? 迷子なのか?」 「ワカリマス……迷子じゃナイ」 片言だったがちゃんと日本語で返ってきた事にホッとする。 「じゃあ質問に答えてくれ。お前は何をしているんだ? 俺に何の用だ?」 「えっと……アナタにコレ、渡したくてストーカーしました。ゴメンナサイ」 金髪の男が俺に差し出したのは白い封筒だった。封筒を持つその手は微かに震えている。俺は男の手からその封筒を受け取った。 「何だこれは?」 「こ……”こいぶみ”デス」 「……は?」 目の前の男は両手で顔を覆って俯いた。髪の隙間から見える耳は真っ赤になっている。 「アナタをスキになりマシタ。ニホンゴ上手じゃないけど、書いた。見て、ください」 俺は白い封筒を開けた。中には二枚の便箋が入っていて、歪んだ文字がびっしりと書かれている。要約すると自分は男だけど俺に一目惚れした、だから一緒に居たいといった内容が書かれていた。俺を褒めるような言葉も幾つも綴られている。 「悪いが俺はお前とは付き合わない」 「どゆイミ?」 男はきょとんとした顔をした。理解ができていないようだ。俺は言葉を変えてゆっくり言い直す。 「俺は、お前と、恋人には、ならない」 「ガールフレンド、いるの?」 今度は伝わったみたいだ。男は少し悲しそうな顔をしている。 「いや、居ない。でもいつかは居てほしいなって思っている。やっと自由になれたんだ。俺は普通の幸せが欲しい」 「今はシアワセじゃない?」 「ああ……そうだな」 俺は男から目を逸らす。 「じゃあオレがアナタをシアワセにする! レディみたいにもっと髪を伸ばす。ダメ?」 俺の事を何も知らないくせに……そんな言葉は出てこなかった。今まで数え切れない程言われてきた薄っぺらい台詞とは何処か違って聞こえた。君が一番だ、愛している、僕が幸せにしてあげるよ、俺だけの物にならないか__情事の最中、様々な男から何度も言われてきた言葉だ。その度に俺はそいつ等に冷たい目を向けてきた。 「アレ……ニホンゴ、ヘンだった? 間違えた?」 「いや、大丈夫だ。ちゃんと伝わってる」 「よかった」 男はホッと胸を撫で下ろして笑った。その屈託の無い笑顔にほんの少しだけ安心感を覚えた。この男を信じても良いような気がする。  「お前が俺の過去を一切何も聞かないなら一緒に居ても良い」 「ホント?」 「その代わり約束は守れよ」 「分かった! 前のコト何も聞かない」 目の前の男は今までで一番の笑顔を見せた。そして俺の方に手を差し出す。 「オレのナマエはルーカスって言いマス、ヨロシク。アナタのナマエ何デスカ?」 「俺はあや……」 「アヤ?」 菖蒲(あやめ)、それは俺が華乱で働いていたときの源氏名だ。元の名前は何だったっけか……たった十年の間に忘れたのか?  「思い出せない……けど、前は菖蒲と呼ばれてた」 「アヤメ? 花の? flower?」 「ふらわー」 「じゃあアイリスだ」 男は、ルーカスは俺をアイリスと呼んだ。 「アイリス、これから、ヨロシクお願い、シマス」 「よろしくな、ルーカス」 ルーカスの差し出した手を握る。ルーカスの手は思ったよりも固くて少し冷たかった。

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