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第二話 女のコがいい
恋文を貰った翌日の夕方、ルーカスと再び会う約束をした。待ち合わせの橋で俺は一人で待っている。なるべく人気の無いところが良いと言った結果、茶屋で軽くお茶をしてあとは俺の家で過ごすことになった。
「アイリス、お待たせ。遅くなってゴメンなさい、仕事終わりませんデシタ」
「おー……ん?」
予定時間より十分程遅れて来たルーカスは女物と見られる桃色の服を着ていた。はあっ、はあっと肩で息をしていることから全速力で走って来たのが分かる。予め遅れるかもしれないとは聞いていたから別にそれに関して言うことは無い。だが一つだけ聞きたい。
「その格好は何だ?」
「似合わなかった? アイリスが女のコがいいって言うからレディのカッコウするって約束したから」
ルーカスはその場でクルリと一回転した。下に履いたヒラヒラしたものがふわりと浮く。髪を伸ばすとは言っていたが女装するとは一言も言わなかった筈だ。
「それともニホンジンのカッコウの方がいい? アイリスはどんなのがスキ?」
「えー……っと」
どんなの、と聞かれても服に関しては特に答えられるようなことが無い。
「詮索しないで俺を一人の人間として好いてくれる人、だな。年は近い方が良いが服装とか見た目は特に気にしない」
「でも女のコじゃなきゃダメ?」
「……できれば」
うーん……とルーカスは考え込む仕草を見せた。どうしてそんなに俺に執着するんだ。絵描きが絵にしたくなりそうなくらいに綺麗な顔をしているのに勿体無い、と俺は思う。
「じゃあやっぱりオレが女のコみたいになる。アイリスが可愛いって言ってくれるくらい可愛くなる」
「別にそんな事しなくてもお前はお前のままで良いよ」
「でも……」
それじゃあスキになってもらえナイ、とルーカスは言った。
「次からはお前の普段の服で来て」
「ワカッタ」
顔は納得していないようだがルーカスはとりあえず頷いた。聞き分けが悪いと俺に嫌われると思ったのかもしれない。
「いつか本当に好きになるんならちゃんと本来のお前が良い」
「アリガト」
俺がそう言えばルーカスは少しだけ機嫌が良くなる。
「じゃあ茶屋に行くか」
「ウン。あのさ、手、繋いでイイ?」
「ああ」
俺はルーカスの方に手を差し出した。ルーカスは指を絡めて俺の手を握る。俺達はそのまま茶屋まで歩いた。
「ところで、お前は何の仕事をしているんだ?」
俺が聞くとルーカスは団子を口に運ぶ手を止めて答えた。
「父さんとイッショに商人やってマス。オレの家あるイングランドからフェリーでニホンに来て、ニホンジンといろいろ交換したり買ったり売ったりしてる」
「じゃあもうすぐ日本を出るのか?」
「もうしばらくデス。次の月の終わりにイングランド帰る」
「そうか」
ルーカスは再び団子を食べ始めた。もしイングランドに帰る日が来たらどうするつもりなんだろうか? 俺は此処でまたルーカスが来日するのを待つのか、それとも互いに一時の関係として終わるのだろうか?
「アイリス、どした?」
「いや、ルーカスは帰るのに何で俺と付き合う気なのかと思ってな」
ルーカスは不思議そうに首を傾げた。
「ナンデ? アイリス、ニホンにいたい?」
「は?」
「アイリスがヤじゃナイ、オレとイッショにイングランド帰る、デモ、アイリスはニホンにいたい?」
ルーカスは平然と言う。そんな事を考えていたのか。何処まで本気なんだ。
「アイリスがニホンにいるならオレもニホンに残るよ?」
そう言ってルーカスは残ったお茶を一気に飲み干してごちそうさまデシタ、と手を合わせる。
「仕事はどうするんだ?」
「ダイジョブ! 父さんいる、クルーもいっぱいいるよ」
「それでも、お前の人生を狂わせられない。そこまでの責任は取れない」
ルーカスは首を捻った。俺の言った事が通じていないらしい。何と言い換えれば伝わるだろうか? 俺は少し悩んで言い直す。
「俺はお前の生活を変えたくない。もしお前が後悔しても何もできない」
「イッショならコーカイはしないよ。オレはアイリスとイッショならシアワセ」
そんな屈託の無い笑顔を向けられてはこれ以上何も言えない。来月末ならまだ時間もある。それまでにルーカスの気が変わるかもしれないし俺の気が変わるかもしれない。いつか俺の気が変わって、ルーカスを好きになるのだろうか? ただ今言えるのはルーカスが女だったら、或いは俺が女だったら、ルーカスと恋に落ちる日が来るのかもしれない、そう思ったということだけだ。
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