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第1話
「俺の子供を産んでくれ!」
そう言った瞬間に、パンッと渇いた音がして頭に衝撃が走る。次いで左頬に痛みを感じ、自分が平手打ちされたことに気付いた。
「ふざけんな!」
そして、何か言葉を発する間もなく勢いよく扉が閉められてしまう。
俺は左頬に手を当てながらぽかんとその扉を見つめ、ああ失敗したなぁ、と天を仰いだ。
***
人工子宮の研究が進み、男女の性の関係なく子供が産めるようになったのは俺が小学生の頃だった。へー僕も拓海も子供産めるんだ、なんてぼんやり考えたことを覚えている。ちなみに拓海というのが、先程俺の頬を平手打ちした幼馴染である。
男性の出産は初めこそ奇異の目で見られもしたが、日本でも同性婚が認められてからはだいぶ一般的になった。男女の夫婦であっても、様々な事情で妻ではなく夫が出産するという例もある。人工受精だけでなく自然妊娠も可能になってからはさらに右肩上がりになり、今では出生数の二割ほどが男性が母体である。
俺の家は母子家庭で、父は十年以上前に事故で死んでしまった。その後母は再婚することもなく女手一つで育ててくれいる。俺はもうすぐ三十になるが、母をこの家に一人残すことが心配で未だに実家暮らしだ。父が残してくれたこの家は、母一人では広すぎる。早く嫁さんもらって一緒に暮らせばいいのに、と言ったのは同じ会社の先輩だ。悪気がないのは分かっているが、ズキリと胸に棘が刺さったような気がした。
俺は所謂ゲイである。高校時代、拓海に初めて彼女を紹介されたときに、自分でも驚くほどショックを受けた。そしてようやく、自分が拓海のことをそういう意味で好きだったのだと気付いたのだ。当時はまだ同性愛があまり世間に受け入れられていなかったため、俺はそのことを誰にも言わなかった。
日本で同性婚が認められたとニュースになった時に、母に自分がゲイであることをカミングアウトをした。拓海にも、何度目かの彼女を紹介された時に何でもないような顔をして「俺ゲイなんだよね」と伝えた。内心怯えていたが、母からも拓海からも怖れていたような非難はなく肩の荷が下りた気がした。
その後開き直ったかのように俺も彼氏を作り、拓海に紹介したこともある。けれどいつも長くは続かなかった。
理由は分かっている、――どうしても拓海のことがあきらめきれないからだ。
俺も拓海も、社会人になってからも実家で暮らしている。だから休みが合えば友人として、一緒に映画を観に行ったり飲みに行ったりもしている。どちらかに恋人ができれば紹介するし、三人や四人で遊ぶこともあった。ところが今は二人とも、恋人がいない。
そんな折、俺の上司から見合いの話が持ち上がってきたのだ。「いい年なんだからいつまでもふらついていないで、そろそろ身を固めろ」とのことだ。大きなお世話にも程があるが、今回断ったところで次々話が舞い込むことは目に見えていた。
だからこそ、俺は決心したのだ。――拓海と結婚しよう、と。
結婚するだけでなく、子供もほしい。親に孫の顔を見せてあげたいし、何より子供が好きだからだ。拓海と二人で子育てするだなんて、想像するだけでわくわくする。
そして俺は、善は急げと男性の出産について調べに調べた。自然妊娠にしても人工授精にしても、まずは拓海の体内に人工子宮を作らなければいけない。そのための費用も計算し、メリットとデメリットも全て分かりやすくまとめた。
資料をプリントアウトして、いざプレゼンしようと拓海の家に押しかけたのだった―――。
ところが玄関で拓海の顔を見た瞬間に、急に緊張してしまい……冒頭に至る。
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