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第1話
僕はその日、神様と出会った。
毎日、毎日、時間に追われている。
朝早くに起きて、仕事して、夜遅くに帰って、寝て、また朝が来る。その繰り返しが、僕の日常だった。
ただただ、お金を稼ぐために働いている。
特に、欲しいものがあるわけではない。
けど、お金はないよりは、あったほうがいい。
「柊(ひいらぎ)です。今日も一曲、お付き合い下さい」
鳥肌が立った。
なんだなんだと、部屋を見回して、その声の主が、パソコンの中にいることに気がついた。それは、ランダムに再生され続けていた動画のひとつ、いわゆる『歌ってみた』動画だった。
料理をする音とか、掃除をする音とか、人が生活する音が好きで、家に帰ったら、まずパソコンをつけて、そういった内容の動画を流すのが、習慣だった。利用しているサイトは、1つ動画を開けば、その動画に関連のある、僕の好きそうな動画をどんどんランダムで再生してくれる。けど、時折、どうしてこんな動画が、というものが流れることがある。
「~♪」
テレビをあまり見ない僕でも、知っている曲だった。
声の主は、白いシャツに赤いカーディガンを羽織ったラフな格好をしていて、顔は黒い猫のお面で隠されていた。
細身ではあるが、どうやら男のようだ。
歌われている曲は2人組アイドルの曲だった。低いところ、高いところを、それぞれに合ったキーで割り振りされているため、声質の違う2人で歌えば、そう難しい曲ではない。けど、彼は1人で歌っていた。
低い淡々とした曲調から、サビは一気に高く早く跳ね上がる。その高低差を、彼は見事に歌いきっていた。
気がつくと、画面の前で口をポカンと開けたまま、拍手をしていた。
「ありがとうございました」
余計な話は一切せず、本当に『歌ってみた』だけの動画だった。
恐らくは年下――地の声は、男の割には高いけど、キンキン響くような不快なものではなく、むしろ、僕の中に心地よく響いた。心臓が、久しぶりに高鳴っているのを感じた。
その日、一晩かけて、彼のことを調べた。動画を見あさった。どうやら、彼は、そこそこ有名らしく、他の動画サイトでもランキングの上位に入っていたが、どの動画も、本当に歌っているだけなので、なかなか、彼個人の情報は得られなかった。
柊くん、彼はいったい、何者なんだろう。
***
「最近、楽しそうですね」
「少し」
いや、本当はかなり楽しい。
仕事は相変わらず、やってもやっても次々に増えていくし、目の前のことをこなしていくだけで精一杯なんだけど、それでも、家に帰ってから、柊くんの声を聞く楽しみができた。彼の声は、僕の溜まりに溜ったストレスや疲労を全て、洗い流してくれる。
「やる気、というか、生きる気がしてきたというか」
「なんですかそれ」
「ふふ」
同僚は、同じくらいの仕事をこなしているはずなのに、今日も涼しい顔で、笑っている。これまでは、それに苛立ったりすることもあったけど、今は違う。
なぜなら、僕も、彼に負けず劣らず、日々楽しいからだ。仕事は好きではないが、家で柊くんが待っていると思うと頑張れる。
「最近、いつも、休憩時間、その動画見てますよね」
「ああ、柊くんていう、『歌ってみた』動画で活躍している子なんだけど。これこれ」
僕と柊くんの出会いとなった動画を選び、スマートフォン内で再生する。同僚にイヤホンを渡した。途端に「あ」と声が零れた。
そうだろう、そうだろう。驚くだろう。
「すごい、ちゃんと歌えてる。それに、きれいな音」
「そうだろう、そうだろう。この曲って、こんなにいい曲だったんだなって思ったよ」
「うん、上手いですね」
ああ、好きな人を、褒めて貰うってなんて気持ちが良いんだ。その後も、同僚は、僕の柊くんプレゼンを嫌がることなく最後まで聞いてくれた。
こいつ、もう5年くらいの付き合いになるけど、良い奴だったんだな。
「お前、名前なんだっけ」
同僚は、大きな目を瞬かせ、また笑った。
「ひっど」
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