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第1話
「…。」
川瀬安里からの告白に羽生田景は戸惑っていた。
「景の違う顔が見てみたい。」
安里と景は高校からの付き合いで、卒業を機会に景から告白をした。玉砕覚悟からの交際OKは本当に意外で、気が抜けたように安堵したのを覚えている。それから安里は大学に進学。景は専門学校に進み、上京を機にルームシェアを開始したのだ。
安里の5月の20歳の誕生日を追って、今日、やっと景も20歳の誕生日を迎えた。やっとアルコールを摂取できる、大人の仲間入りだな、なんて言いあいながら誕生日ケーキを頬張っていると先の爆弾発言が投下されたのだった。
ケーキの生クリームを思わず皿に落としながら、景は反復した。
「…で、SM?」
「だめ?」
「えー…。SM、ねえ。」
正直なところ興味がないどころか、若干遠慮したい部類に入る。だって…。
「景。もしかして鞭とかローソクとか、想像してるでしょ。」
「違うのか?」
「や、そういうハードなものも確かに存在してるけど、それは雑誌やAVとかの演出…ファンタジーみたいな部分が多いんだよ。実際はパートナーとのマンネリ化を防ぐためとか、絆を深めるためとかの理由が主。」
動揺を悟られたくなくて、景は生クリームをフォークの先で掬って口に含む。もごもごと咀嚼して、安里の様子を伺うように見つめる。
「マンネリはわかるとして、絆って深まるもの?」
「SはMの性癖や嗜好を熟知していないといけないし、MはSを信頼してその身を預ける。ある意味、愛の理想だと思うんだけど。」
「そんな熱の籠もった目で見詰められても…、痛いのはやだなあ。」
「大丈夫、優しくするから。」
「僕、M決定なんだ!?」
「意外と尽くし上手だから向いてると思ったんだけど、嫌ならSでもいいよ。でも、景、Sを楽しめる?」
首を傾げながら安里に問われ、景はうっと言葉を詰まらせる。
「…確かに、どちらかと言えな主導権は握られていた方が楽、かも。」
そもそも楽しみ方を知らないのだから、流されるほかに成す術がない。というか。
「やること決定!?」
悲鳴にも似た景の声が響く。それを聞いて、安里はにっこりと微笑んだ。
「大丈夫、優しくするから。」
本日二度目に聞いた安里の言葉に、確かなSっ気を景が感じたのは言うまでもない。
景がシャワーを浴びようとすると安里に後ろからハグをされて、制止されてしまう。
「シャワーは浴びちゃだめ。」
「え?なんで?」
「もう始まってるんだよ?」
安里はそう言うと、景の耳朶を柔く噛んだ。ピリリとした刺激が、背中に走る。
「で、でも汚いよ…っ!」
「汚くない。だってどうせ、汗や精液で身体中まみれるんだから。」
「!」
景は安里の煽るような言葉に俯いた。
「あは。耳まで真っ赤だ。」
「…~、うるさい。」
「ということで。」
安里は景を後ろから抱え込んで、自分の部屋のベッドまで連れて行ってしまう。そしてベッドの上に下ろすと、徐にボトムスのポケットからネクタイを取り出して景の両手首を後ろ手に結んだ。
「何…?」
「拘束は基本かな、と。緩めに結んだから景が本気出せば解けるよ。」
そう言われ、景は僅かに身じろいでみた。確かに随分と余裕をもって、結ばれている気がする。
「これぐらい、なら。」
「よかった。嫌だったら、言って。互いが気持ちよくないと、この行為は意味がないから。」
「うん。」
素直に頷いて見せると、安里は「いいこ」と頭を撫でてくれた。そして、もう一つ取り出されたアイテムは。
「目隠し?」
使い捨てのアイマスクで視界を覆われてしまう。何も見えなくなって、不安になって景は安里の名前を呼ぶ。
「安里?…安里?」
「ここにいるよ、景。」
抱きしめられて、耳元で囁かれる。その距離の安心感に景はほっと、身体の強張りを解いた。ぎゅう、と一度強く抱きしめられ、そしてゆっくりとベッドを後ろに押し倒された。
「腕、痛くない?」
「…うん。平気。」
体重が掛かって痛いのでは危惧していたが、腕が当たるところに丁度クッションを挟まれているのでその心配はなかった。
「じゃあ、始めようか。」
安里はふっと笑う気配がして、景はこれから起こるであろうことを想像してぞくりと肌を粟立たせるのだった。
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