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1-勝手口が開かない
なぜ捨てられたのか。そうと考えると、最終的には自分を偽っていたからというところに行き着く。
それでもモヤモヤは拭えない。
彼は、賢く、背が高く、スマートないい男だった。
そんなステキな彼は、小柄なオレを『ノンアノ』のようで可愛いと言ってくれていた。
だからこの半年、言葉遣いも振る舞いも可愛くして、彼の中の自分のイメージを守ろうと頑張った。
だけど、神はどうやらオレに可愛く愛される才能というものを与えてくれなかったらしい。
男を受け入れる方向に適性がなかったのに加え、可愛いふりをすることに気をとられた彼とのセックスはただの我慢大会だった。
可愛いオレを演じ、恥ずかしがっているフリで断りつつ、それでも彼を繋ぎ留めておきたくて、月に一度は求めに応じてはいた。
けど、それにも限界があった。
「キミが本物のノンアノなら俺を拒んだりしなかっただろうに」と、別れを告げた彼は、次はノンアノでも飼おうかななんて自嘲気味に笑ってみせた。
ショックだった。
オレはヒトだ。
どうやったって愛玩動物のノンアノにはなれない。
一週間ほど落ち込んで、やっぱり彼が忘れられずに、体も心もしっかり彼を受け入れる覚悟を決めて、どうにかやり直せないかと彼のマンションに会いに行った。
「彼はいないよ」
オレにそう伝えたのは背の高い美人系イケメンだった。
そしてノンアノとは似ても似つかぬ迫力系美人は、彼とオレが別れ話をした時にはとっくにデキていて、いつ別れるのかとせっついていた事まで教えてくれた。
「チクショウ!なにが『ハクトはノンアノみたいで可愛いね』だよ!本当はそう言われるのがすごく嫌だったけど、褒め言葉と思って喜んだフリしてたのに!」
自宅で浴びるように酒を飲んで、隣に住むパン屋のコクウを相手に散々クダを巻いた。
たしかにオレはちょっと小柄で、二十八歳とは思えないほど童顔だけど、きりりとしたニホン種のヒトで、ノンアノとは似ても似つかない。
ノンアノはヒトと似て非なる生き物で、頭には犬や猫のような耳があり、しっぽもある。
成体でも身長は100センチから130センチ。
ヒトでいえば十代前半の容姿で、知能は五歳から七歳程度、もっとも知能が高いものでも十歳程度だと言われている。
ヒトと非常に親和性が高く、単身では生きていけないノンアノをヒトが飼い、愛し愛されるという関係はすでに古代から成立していたらしい。
ヒトは一人のマザーが約三千人ほどの男児を産み、地域コミュニティを形成するが、ノンアノは一人のメスから男女合わせて五、六人が生まれ、基本的にはショップを介して販売されている。
寿命はヒトの半分もないが、現代では生殖機能を失わせる手術をすれば十年から二十年は伸びるようになっていた。
ノンアノはペットではあるが、家族同然と言われる犬や猫よりもさらに『家族』で、よほどのことがない限り飼い主を裏切ることはない。
ノンアノは基本的に顔は可愛らしく、体は細くて華奢だが、ヒトの好みはそれぞれで、ちょっとおブスだったり、ぽっちゃりマシュマロ体型のノンアノにも根強い人気があり、ネットで大人気になってカレンダーが発売されたりすることもある。
「はぁ……『次はノンアノでも飼おうかな』なんて言ってたくせに、とっくに次の男がいたって、まったくどういうことだよ!」
「荒れてるなぁ……。いっそハクトがノンアノを飼ったらどうだ?可愛いぞ〜。ヒトの恋人なんか要らなくなるしな」
オレのグラスを取り上げ、コクウが水を渡してくれた。
それを一気に飲み干す。
「ノンアノなんて……ノンアノなんて……!まあ、コクウのところのチョミちゃんがめちゃくちゃ可愛いってのはわかるよ、でもオレは可愛いらしいペットじゃなくて、カッコいい恋人が欲しいんだよ!」
「だろ?チョミは可愛い!俺だって飼ってみるまでこんなに可愛く愛おしいものだとは思わなかったんだから、ハクトも飼ってみればわかるって!」
ノンアノにはメスがいるから『ノンアノを飼えば夫婦気分を味わうことができる』とはよく聞く話だ。
コクウの飼うチョミちゃんなんて、フワフワの白い髪が可愛いオスなのだが、それでも自分をコクウの奥さんだと思っている。
オレとコクウが楽しそうにしていると、たまにヤキモチを焼いたりするのがまた可愛いくて、つい目の前でコクウと腕を組んだり意地悪をしたりすることもある。
それでも、オレはヒトがよかった。
それはもう単純に好みの問題なのだ。
目が大きくて、いつまでも少年少女のように可愛らしいノンアノよりも、クールで大人なヒトに惹かれてしまう。
ヒトのマザーは一生のうち一度だけ次のマザーとなる娘を一か二人産む。それと同じ時期に全国各地で産まれた男児二十人ほどが夫候補に選ばれ、さらにその中から五人がマザーと夫婦になれる。
夫になれなかった夫候補たちは、『ハウス』でマザーや夫、そして子供たちを支える仕事をしながら、仮に夫の一人が亡くなった場合は代わりにマザーの夫に昇格する。
世界各地どのマザーも慈愛に満ち、直接マザーに尽くすことを許された彼らは、みなの尊敬と羨望を集めていた。
オレの元カレは、そんな夫候補にだってなれそうな、高身長のブリティッシュ種のイケメンで……。
でも、産まれてすぐの検査で、あんな性格に成長するってわかってたから夫候補にはなれなかったんだろうな。
「はぁ……」
「まあ、そう落ち込むなよ。明日は店休日なんだろ?チョミを買ったショップに最近可愛いノンアノが入ったらしいから、気分転換をかねて一緒に見に行こう」
そう言われてもなぁ……。
「はぁぁ…………」
今口にしたのは水か酒か。
オレはズブズブと濁った酔いに飲まれていったのだった。
◇
翌日は二日酔いで昼まで寝ていたが、コクウのメッセージの着信音がうるさく、諦めて起きることにした。
「あーー。親切なのは嬉しいんだけど、しつこいんだよなぁ……」
とはいえ、いつも彼の親切の押し売りに助けられていることはたしかだ。
先代に見込まれて譲り受けた、レトロな木造の家は、一階が古書店で、二階が自宅。
今は本はほとんど電子書籍で紙媒体は趣味人のものとなっているため、店舗を構えた古書店は現品を見て買いたい、高すぎて買えないけど現物を見てみたいというディープな客に人気だった。
ひとりあたりの購入額は多いが、来店客数は少ない。
時間がゆっくりながれるような店内の雰囲気も気に入っている。
先代は老いても仲の良い二人暮らしだったため、二階の自宅には充分な広さの部屋が三部屋もあり、オレ一人で暮らすには少し広すぎるくらいだった。
コクウの呼び出しは、昨夜言っていたノンアノを見に行こうというものだった。
この誘いにオレはあまり乗り気ではない。
けど休日に家にいても、また元カレのことを思い出してばかりになるのは目に見えている。
仕方なしに『今から行く』と返事を送ると、身支度を整えた。
少しきしむ木の階段をおりて勝手口に向かう。
そして、飾りガラスのはまったドアを開けようとして……。
「あ、あれ?」
グッと押すが、抵抗があって開かない。
何かがドアの前に置かれているようだ。
他の出入り口となると、店を開けるしかなかった。
……しょうがないな。
クラシックな柄入りガラスの自動ドアと、立て付けの悪くなっている木戸をあけ、表に出た。
この店は左手にある大通りから入った横筋で、裏口は隣の店との間の路地にあり、一本先の通りまで繋がっていた。
ヒトの家の勝手口前に荷物なんか置いたのは誰だ。
エアコンの室外機なんかがあって見通しが悪いから、こっそりゴミでも……。
「え………ちょ、ちょっと……どうした!?」
そこに落ちていたのは、グレーのパーカーにゆったりとした黒いニット帽をかぶった男性だった。
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