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42-この服はお散歩に行けますか?

今朝も爽やかな日の光と、隣家から漂ってくる香ばしいパンの香りで目が覚めた。 オレは顔を洗うより先に寝起きのゴローくんに着替えを用意。 「これ着てみて。ゴローくん用のハーネスだよ」 オーダーした黒のハーネスは普段着るにはあまりにもエロティックすぎ、シンエンさんがサービスで作ってくれたハーネスシャツは一枚しかない。 せっかくハーネスデビューしたんだから、日常的にハーネスを着用したいだろうと、オレが考えた代用品はフォーマルな場でもOKな濃いグレーのジレ(ベスト)だった。 実はスタイリッシュさに憧れて買ったはいいけど、案外疲れるって理由でタンスの肥やしになっていたものなのだ。 背中のウエストを絞るアジャスターを見せると、ゴローくんの目が静かに輝いた。 うん、想像通り、アジャスターをハーネスのリードをつけるパーツだと判断したようだ。 「ジレにリードをつけてもいいけど、ちょっとアレンジして、今日はこっちにしよう」 タイトなブラックのパンツに白シャツ姿のゴローくんにグレーのジレを着せ、リードがわりに縦に千鳥柄の入った黒いネクタイを。 細身でオシャレなタイなんだけど、オレがつけるとなんだかチャラくて、コレもタンスの肥やしになっていた。 それをゆるく結ぶと……。 「ああ、やっぱり似合う。すごくカッコいいよゴローくん!」 オレ好みのアイテムを身につけたゴローくんが、オレ好みのワイルドイケメン様すぎて震える。 「カッコいいですか?」 「うん!もう見惚れちゃう!」 「この服はお散歩に行けますか?」 「行ける、行ける!ああ、もう最高!」 「この服なら、ハクトさんは外で発情しませんか?」 「えっ、それはまた別問題だよ」 ゴローくんの顔にサッと警戒の色が走った。 「あ、いや、見ているだけでムラムラすることはないから大丈夫」 オレのクローゼットにはもう一枚ジレがある。あれもゴローくん用にしよう。 それから、そうだ、サスペンダーもゴローくんを言い含めれば、ハーネスの代わりにできるだろう。 シンエンさんがサービスで作ってくれた、全く普通のシャツにしか見えないハーネスシャツとローテすれば、もうハーネスには困らない。 「でも、ゴローくん本当はあのオーダーしたハーネスをつけてお散歩に行ってみたかったんだよね?」 「ハクトさんとお散歩できるならなんでもいいです」 「このジレにリードでも?」 「もちろんです。ハクトさんにかっこいいって言ってもらえました」 表情を見る限りでは、本当に喜んでくれているようだ。 「いつか……あのハーネスをつけて公園をお散歩……してみる?」 「え?」 きっと夜じゃないと目立ちすぎるだろう。 いや、公園までもコートか何か着て行った方がいいかもしれない。 公園の街灯の下に立ってコートを脱ぎ、ボンテージ感のある乳首チラ見えハーネスを身につけたワイルドなゴローくん。 その首から下がった革のリードの端をオレが握って……。 ……なぜだろう。『ペットのお散歩』という言葉がいかがわしい響きを持って迫ってくる。 どう考えたって興奮しない方が難しい。 オレがムラムラすれば、ゴローくんが発情して……。 顔見知りが多く利用する公園でそんな状況……。 ダメだって、あのフェイクレザーのパンツは昂ぶったモノの形がはっきりくっきりわかってしまう。そんなもの見たらさらに興奮しちゃって……。 「…………ハクトさん、ちょっと発情してます?」 「えっっ、いや、してないよ!」 ゴローくんにそんな誤魔化しがきくはずもない。 「あー、うん、想像しただけで興奮しちゃうくらいだから、やっぱりあのハーネスではお散歩しない方がいいね」 「はい」 ゴローくんが力強く頷く。 『アイツ、そういう性的嗜好だったんだな』って、ご近所で噂の的になってしまうのは困る。 ゴローくんの望みは他のノンアノと同じようにハーネスとリードを身に着けることだ。 そしてゴローくんはリードを取り付ける部分さえあれば、ハーネスだと認識してくれる。 ハーネスと認識しさえすればベストやサスペンダーでも満足感を得られるというなら、無理にノンアノ服を着せる必要はない。 「……ゴローくん、こっちのリードも可愛いと思うんだけど、ちょっと付け替えてみていい?」 「はい、お願いします」 かなり無理があったと思うのだが、爽やかな笑みでオレが取り出した蝶ネクタイをゴローくんはリードとして受け入れてくれた。 「……本当に素直。はぁ、ゴローくんっっ!好きだよ!!!!」 「えっ!? はい?ぼ、僕も好きです」 オレの言うことをなんでも素直に受け入れてくれるゴローくんがいじらしくて、愛しさが爆発してしまった。 しかし……マズイなぁ。 ゴローくんに着せる服はオレと共用って決めていたのに、やっぱりゴローくんに似合う服を買ってしまいそうな気配。 「ゴローくん、髪、結んでみてもらえる?」 「耳、隠しますか?」 「いや、ただ一つ結びにするだけ」 …………。 ああ、だめだ。 『オレのパートナー、超絶かっこ良くない?』と叫びながら街を闊歩したい気分だ。 衝動を堪えるように、テーブルに手をついて震えていると、ゴローくんが心配そうに顔を覗き込んできた。 「あ、大丈夫、ゴローくんは変じゃないよ。むしろオレの好みすぎてツライんだ」 「ツライのは駄目です」 「うん、ダメだねぇ」 でも、恋の病はどんな名医でも治せないからなぁ。 「前にハクトさんが、我慢をしないようにすれば、ツライのがおさまると教えてくれました。ハクトさん、我慢しないで?」 ゴローくんが優しく目を細め、頭をなでてくれた。 「そっか……我慢しない……」 我慢しない……。 我慢しないってことは……。 オレはゴローくんの手をキュッと握った。 「ゴローくん、今日、お洋服買いに行こうか」 「はい」 そして、我慢をやめ、欲望に素直になった結果、オレは金銭感覚というものが身に付いていないはずのゴローくんに心配されるほど爆買いをしてしまったのだった。 ……ま、そもそもほとんど何も私物を持ってなかったわけだし。最初くらい、いっかぁ。 ね、ゴローくん。 はぁ、サスペンダースタイルもかっこいい……。

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