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43-パーティー

テーブルに並んだ綺麗な料理に、華やかに着飾って談笑するヒトビト。 滅多に行くことのない首都での、それ以上に滅多に顔を出すことなどないパーティ会場。 しかも郊外型のリゾートホテルだ。 ホテル内の至る所にグリーンがあって、ラウンジには滝まである。 各客室にも寛げるほど広いベランダがあって、上階の客室のテラスには小さな庭まで付いているらしい。 オレの横にはライトグレーのジャケットとジレ、ダークカラーのシャツ、エンジのネクタイをあわせたゴローくん。 今日は髪を結み込んで耳を隠している。 この場にいるのは予定外のことで、本当にただの偶然だ。 なのに……。 「ハクト先生、せっかくですからご一緒に盛り上げてくださいよ。お願いします」 「だから、先生って呼ばないでくださいって……」 添え物のプチトマトのように、なぜかオレまで壇上に引き出されることになってしまった。 ◇ パーティーは、高名な作家先生のサイト連載をまとめたエッセイ本が賞をとったということで開催されたものだった。 オレはたまたまその日首都に行き、ついでに編集部に挨拶に寄ったところ、半ば強引にパーティに出席させられることになったのだ。 同じサイトの隅っこにコラムが載っているというだけで、作家先生とはなんの繋がりもない。普通なら強引に誘われても遠慮するところだ。 けど、その直前にたまたまデパートに寄り、たまたまゴローくんにぴったりのジャケットを見つけてしまい、でもこんなの着る場なんてないよなって泣く泣く諦めたばかりの時に、たまたま編集部でパーティーに誘われたため、あ、これであの服を買う口実ができた……なんて思ってしまった。 パーティ参加は渋々なのに、ウキウキとゴローくんのジャケットとシャツを買いに戻り、予定外の出費にどんよりしながらお手頃な価格帯で自分の分のジャケットとパンツも購入。そしてシューズをレンタル。 ゴローくんのためにリード代わりとしてネクタイやラペルピンなど小物類は持参していたから、すぐにセミフォーマルコーデが完成だ。 何やってるんだろうなぁ、オレ。 そもそも首都に出てきたのは、こんな浮かれたことのためじゃない。 発端はゴローくんのかかりつけの病院問題だった。 ゴローくんはこれまで簡易でしか健康診断を受けたことがなかったため、周囲の勧めもあって一度きちんと調べてもらおうとした。 しかし普通のノンアノ病院では体が大きすぎて検査機器が使えないことが判明し、だからといってヒトの検査機器となると資格や連携、安全性などいろいろ問題が出てくる。 そこで色々相談していたところ、話が回り回って、最先端の機材が揃う首都の病院兼研究所からウチで検査しないかと声をかけてもらったのだ。 オレは普通に健康チェックと生殖機能を無くす延命手術に関し相談するつもりだったが、先方はゴローくんの身体の大きさと知能の高さに興味を持っていたらしく、研究調査に協力してくれないかと頼まれた。 ゴローくんを実験動物にするなんて……と思わなくもなかったけど、よくよく考えたら、ヒトが研究調査に協力するのもよくあることだし、普通の検査の範疇を逸脱するような切ったり縫ったりはしないらしい。 今後病気になった時に優先的に対応してくれ、しかも首都までの交通費と協力費まで出る。 お金をもらって健康管理をしてもらえるなんて最高だ。 今日は問診と相談のみで、今後研究に協力するかの返事は明日本格的な検査を受けた後、ゴローくんの反応次第とすることに決めた。 そんな状況から一転して、ホテルの広間での華やかなパーティーへ。 こういうパーティは初めてだけど、記事や写真などで見たことのある出版系のパーティーの何倍も高級感があるということだけはわかった。 主役である先生の著書が、洗練された銘品たちにまつわるエッセイだったためだろう。 そんな中で、モカのジャケットにチェックのパンツのオレはどうしようもなく子供っぽかった。トドメは可愛いと思ってチョイスした異素材ミックスのマルチカラーの蝶ネクタイだろうか。 けど、ゴローくんはファッションも場の空気にも全然負けてない。 大人っぽい横顔は堂々と落ち着いて見える。 でも実際は、慣れない場所すぎてどうしていいかわからず、表情と感情が死んでしまっただけだけど。 それでもゴローくんの表面上の落ち着きがオレにはとても心強かった。 ゴローくんはどうしていいかわからないから、とにかくオレの動向に集中することで平常心を保っているようで、オレの視線の先にある料理をサッと取ってくれたり、ヒトとぶつからないようすっと庇ってくれたり、無自覚にジェントルマンだ。 セミフォーマルでいつもより素敵なゴローくんにこんな風にされたら……。 はぁ。 場もわきまえずに、鼻高々と「オレのカレシ素敵でしょ」アピールをするイタイ奴に成り下がってしまいそうだ。 なんてモヤンと思っていた所に、担当編集さんに声をかけられ、主役の作家先生がこれから『銘品』をテーマにトークをするから、それにお得意の小ネタを挟んで盛り上げるのを手伝ってくれないかと頼まれた。 担当さんには古書イベントでのトーク経験があることを知られてしまっている。 どう断ろうかと頭を悩ませているうちに、作家先生にまで「じゃあよろしくね」と挨拶をされ、もう逃げられなくなってしまった。 「ゴローくん、ひとりにしゃちゃうけど」 「ハクトさんが、見えるところにいるなら大丈夫です」 しょうがなしに手をキュッと握ると、ゴローくんは首を傾げてオレの頬をなでてくれた。 どうやら心細いのはオレの方だってわかってくれているらしい。 ゴローくんから離れ、壇の下手(しもて)へ行くと、心構えをする間も無く司会がマイクに向かって声を発した。 司会経験豊富なベテラン編集さんの喋りは玄人はだしで、流れるような紹介でオレは壇上に押し出される。 最初の宣言通り、オレは単なる添え物で、基本的には作家先生と司会のやりとりでトークが進んでいった。 トークテーマは時計と靴。 ちょっとリッチになると見栄を張って買いたがるアイテムだ。 人気のブランドの伝説と言われる銘品の時計について、職人のこだわりと男心をくすぐるポイントを先生が語る。 ある程度先生に語らせたところで、司会がオレに話をふった。 「その時計に関してはちょっとした逸話があるんですよね?」 なるほど。モノのこだわりに共感できないヒトのために、オレを付け足したのか。 「ええ、著名な画家のアーレイも、その時計に魅了されたひとりでして」 「アーレイと言えばまず『窓辺のうずら』の絵を思い浮かべる人も多いでしょうね」 「そうですね。アーレイと時計のエピソードはその名画を描く十年前ほど前、ようやく絵が売れ始め、指名での依頼も舞い込むようになった頃に、彼はどうしても成功の証のようなその時計を欲しくなってしまったのです。けれど彼はまだまだ売り出し中の画家で、高級な時計に手が届くほどの成功者ではありません。それでも欲を抑え難かった彼は、ある日、金を工面するために質屋に行きました。そこでアーレイが質入れしようとしたのが……弟子であり恋ビトでもあるベイレでした」 オレの話を聞いているのか聞いていないのかよくわからなかった会場から軽く反応があった。 「しかし、質屋はアーレイの質入れを断りました。その理由は、いま彼が弟子のベレイを質入れしてしまえば仕事は滞り、せっかく掴みかけている成功がフイになるに違いないからというもの。その言葉で目が覚めたアーレイは、さらに創作に励み、時計のオーナーに見合った成功を収めることとなったのです」 「しかし、話はそこで終わらないんですよね?」 絶妙なタイミングで司会が話をつないでくれる。 「ええ、ここまでは画家の逸話としてご存知の方もいらっしゃるのではないかと思います。しかしアーレイは知らなかったようですが、実はこの質屋は後に詩人として名を馳せるホルストでして」 「ほう」 これまで『そんなことは知っている』といった顔をしていた作家先生がようやく食いついた。 「アーレイがまるで美談のように周囲に語っていた『質入れを断った理由』は、彼の将来を思ってのことなどではないとホルストが友人への手紙に書き残しています」 「ではなぜ?」 「アーレイが質種(しちぐさ)にしようとしたのは弟子で恋ビトのベイレです。しかし、ベイレはアーレイのモノなどではないのだから金なんか貸せるわけがないと言うのです」 「あの時代、ヒトを質種にするという行いは、ままあったたと聞くが」 「そうです。実際そういう無茶が横行していた時代です。ですがホルストはそういう道徳的な意味合いで断ったわけではありません」 「ほう……?ではなぜ?」 「ベイレは画家アーレイのモノではなく、はなから質屋のホルストのモノ。だから質入れしようとしたところでお断り。つまり、弟子のベイレと質屋で詩人のホルストは恋仲だったのです」 ふふっと笑うと、会場から小さくどよめきがあった。 こうやって反応があると安心する。 「それは一体何に書いてあったんだ?」 やっと作家先生は、オレが古書の専門家として壇上に上げられたということを、飲み込めたらしい。 「文豪マルケスの回顧録に載っています。彼とホルストは懇意にしていたようで、手紙も多く残っています。アーレイは弟子のベイレは自分のことを尊敬しているのだから、恋ビトにしてやれば当然喜ぶだろうと思い込んでいたらしく、師匠に迫られ困ったベイレは想いを寄せていた質屋のホルストに相談。そして、その相談をきっかけにベイレとホルストは付き合い始めます。それにもかかわらず、ホルストは恋ビトになったばかりのベイレに師匠のアーレイとも付き合うように勧めたのです」 「なぜだい。自分の恋ビトを他のヤツとなんて……」 「ベイレの将来を考えてのことのようです。アーレイは紳士ですが、遺恨が残ると執念深かったようで、無下にするとべレイが画家としての将来を断たれる可能性が非常に高かった。しかもアーレイは夜の方が弱いという話もホルストは知っていた。恋ビトになってもアーレイを徹底して師匠として扱うベイレに、アーレイは物足りなさを感じながらも、その余所余所しさは尊敬から来るもので、彼は自分を深く愛し、従属しているのだと別れた後もまだ信じていたようです」 「ほう、いいように手玉に取られたってわけだな。しかしそこまでした割に、ベイレは画家として今に伝わっていないようだが」 「誰もが名を知る作家というわけではないですが、それなりの仕事はしていたようです。絵画も残っていますが、私たちが容易に見られるのはホルストの詩集の挿絵ですね。色気のある良い絵ですよ」 「なるほどね……」 こんな風に作家先生の話を受けて司会の編集者がオレに話題を振り、古書から得た雑学を少し挿むという流れでトークは進んだ。 作家先生は、同じ媒体に掲載されているオレのコラムを全く知らないようなので、すでに書いていたネタでも安心して話せる。 反対に編集さんはコラム内容をしっかり把握しているので、話の振り方も的確で非常に話しやすい。 なかなかの盛り上がりをみせ、トークは終了した。 けど……。 司会に上手く乗せられて、ずいぶんベラベラと喋ってしまった。 ジワジワと恥ずかしさがせり上がってくる。

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