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64-[最終話2]気持ちはハートマーク

古書店の閉店時間となった。 もうすぐだ。 そう思った途端、緊張してきてしまった。 落ち着かない心持ちで表を閉めると、奥で在庫整理の手伝いをしてくれていたゴローくんを店内へと呼ぶ。 「ゴローくん、今日はとっても特別なお手伝いがあります。オレもゴローくんもとっても幸せになれるお手伝いなんだけどやってくれるかな?」 バカの一つ覚えの告白……ではない。 一応前回の旅行先での失敗を踏まえ、ブラッシュアップしたつもりだ。 ゴローくんが不思議そうな顔でオレを見つめる。 耳がピンと立って外を向いているのは、周囲の気配を探っているんだろう。 準備は万端。早速ゴローくんにお手伝いの指示を出した。 「じゃあ、まずはDの書棚に赤い小袋があるから取ってきてくれる?」 「コブクロ……」 「ああ、ちっちゃな紙袋ね」 すぐさま取りに行ったゴローくんに赤い紙袋を開いてもらう。 中にはカードが。 本当はカードの下にも物が入っているんだけど。まあ、後で教えればいいか。 「つぎは『あお』。Cのたなのいちばんした」 中のカードを読んでオレの表情を確認するとすぐに取りに行く。 「つぎは『みどり』。Bのたなのひだり」 そうして次に白の袋を取ってくる。 「さいごは『ピンク』ゴローくんがだいすきなヒトに『きもちをください』といって、うけとって」 カードを読み上げたゴローくんがオレを見た。 そしてゆっくりと丁寧に告げる。 「僕が大好きなのはハクトさんです。ハクトさん『気持ちをください』」 っは……。 真っ直ぐ見つめられ、息が止まった。 自分で言わせておいてヤられるって……ほんと懲りないな、オレ。 「うん。これがオレの気持ちだよ」 隠し持っていたピンクの小袋を渡すと、ゴローくんがいそいそとあける。 この中にもカードが。 『ゴローくんへ。あお、しろ、みどり、あか、ピンク』 ちょっと考えゴローくんが指示通りに袋を並べた。 そしてオレの顔を見る。 「袋の中にカード以外も入ってるよ」 袋を再確認したゴローくんが取り出したのは、オレがコクウに手伝ってもらって焼いたクッキーだ。 表面にはジャムやドライフルーツ、ナッツを使って文字が書いてある。 「ゴローくん、それ読める?」 「えーっと……」 じーっと見つめたゴローくんが少し頬を染めた。 「角っこ、丸、角っこ、E、ハートマーク。だから……ピンクの袋に入っていたハクトさんの僕への気持ちはハートマークです!!」 ハートの描かれたクッキーを指差して満面の笑みだけど……。 「い、いや、これアルファベットだから!」 「アルファベット……」 改めてクッキーを見つめる。 「L(エル)、O(オー)、V(ブイ)、E(イー)。最後のアルファベットは知りません。ハートマークに見えます」 あ、あれ? なんだかしょんぼりしている……。 「ハートマークはハートで大丈夫。それ以外はなんて読むかわかる?これがオレのゴローくんへの気持ちだよ」 「える、おー、ぶい、いー。どういう意味ですか?」 あ、あれ? 「ゴローくん、アルファベット読めるんだよね?」 「はい。今の読み方は違ってますか?」 「いや、合ってる……けど」 あ………! アルファベットは読めても、英語は読めない!? 「コレは『ラブ』だよ」 「ラブ。知ってます!コクウさんはパンラブ、チョミちゃんはピスタチオラブです。だから、ハクトさんは……クッキーラブですね!!」 「え……いや、違う、違う!コレはゴローくんへのプレゼントなんだ。オレはゴローくんラブだよって気持ち入りのね」 「僕に……!嬉しいです。美味しそうです」 うっとりとクッキーを見つめ、そしてオレに甘い視線を向ける。 「クッキーはお手伝いのご褒美ですね。ハクトさんの気持ちのハートマークも、とっても、とっても嬉しいです」 …………。 喜んでもらえたし、告白成功っぽいんだけど、なんだろう……『なんか違う』感が……。 「僕もハクトさんラブです。お返しをしたいです。でもご褒美のお返しはいらないんですよね?」 「通常なら要らないけど、今日は……『ハクトさん大好き』って言ってチュウしてくれる?」 「はい。わかりました」 ……ああ。 結局、ゴローくんからの告白の強要、およびキスの強要をしてしまった……。 オレってどうしてこうなんだろう。 淡く微笑んだゴローくんが、オレの腰に手を回し、クールフェイスを近づける。 そっと口付け、優しく舌でオレの唇をなぞって……。 いつの間にこんな大人の余裕を感じさせるキスを覚えたんだろう。 「ハクトさん……大す……」 「おーいハクト!ゴローくんに喜んでえもらえたか?」 古書店の表を閉めても勝手口の鍵が開いていれば入ってくるのは、もちろんコクウとチョミちゃんだ。 「お、成功したみたいだなぁ」 ゴローくんに抱きしめられるオレを見て、コクウが眉を下げた。 「はい。ハートマークのクッキーをもらって、とっても嬉しかったです」 うーーん。 ……成功……したのかなコレ。 「じゃあ、お祝いな!」 コクウがゴローくんとチョミちゃんの大好物のナッツのパイと、オレの好物のフィッシュパイを掲げる。 ほんとお祝い好きだな。 「チーズも持ってきたから、俺が漬けてやったピクルスがそろそろ食べ頃だろ?せっかくだからワインもあけよう」 そう言って勝手に二階へ上がっていった。 コクウが来ると、一気に食卓が華やぐ。 だから大歓迎ではあるんだけど……。 戸惑っていると、ゴローくんがオレの腰に回したままの腕にキュッと力を込めた。 「ハクトさん。僕を見てください」 覗き込んでくる黒い宝石に一瞬にして惹き込まれた。 「ハクトさん大好きです」 再び温かな唇があわさって、優しく舌が絡んだ。 「とっても、とっても、大好きです。僕からもハートマークあげたいです」 柔らかな声に心が震えた。 グッとこみ上げる愛情を、オレも精一杯言葉に乗せる。 「ゴローくん……オレも大好きだよ」 「知ってます」 ふぁっ!一刀両断……!? い、いや、ちゃんとハートを喜んでくれてるんだ。大丈夫、大丈夫。 ……はあ。 オレは何をやっても締まらないなぁ……。 けど、何かが少しだけ前進した手応えはあった。 今回は小感動だったから、次こそはゴローくんを大感動させてやるんだ! 「ハクト!ワインオープナーどこにやった?」 二階からコクウが叫ぶ。 「コクウがわからないなら、オレもわからない!」 「ワインオープナーは、形がいいと言ってハクトさんが階段に飾りました」 「おー……こういうセンスだけはピカイチなんだけどなぁ……」 ……いまゴローくんとコクウがいなくなったら、オレの日常は回らなくなるんだろうな。 二階に上がり、食事の準備を手伝う。 ゴローくんと家族になって、一緒に暮らし、今では『またゴローくんが手の届かないところへ行ってしまうかも』なんて不安を抱えていたことが嘘のようだ。 「みんな、パイは行き渡ったな?じゃあ、いただきます」 「いただきます」 ◇ みんな揃っての食事。 今この瞬間の楽しい気持ちと、さっきまでの胸いっぱいの愛情がオレの中でごちゃ混ぜになって、出口を求めていた。 ……もっとわかりやすく言うと、ほんのり酒が入り、浮かれてハイになっていた。 いつも言ってるけど、でも、今、どうしても言いたい。 オレの中にいっぱいに満ちてる愛情をゴローくんに伝えたい。 「ゴローくん、大好きだよ。ずっとここにいてね」 言葉にしたら、愛情がさらに確かなものになったような気がして、なんだか泣きたくなった。 突然食卓に投下された、なんの脈絡もない言葉に、ゴローくんの耳がピッピと様々に方向を変える。 「ずっとここにですか?でも、ご飯を食べ終わったら、椅子を立ってお片付けをしたいです。トイレとお風呂に入るのもダメですか?」 「あ、うん。うん。うん。自由に動いていいよ。お片付けも、トイレもお風呂も自由にしてくれて大丈夫!」 あーーーー………。 前にもこんなやりとりをしたな〜〜〜〜。 ゴローくんはどんどん学習し成長するのに、オレの学習速度は亀の歩みだ。 だけどきっとこれからも、可愛いペットのゴローくんは家族兼、恋ビト兼、従業員として、ずっとずっとオレのそばにいて、最高に幸せな毎日を与えてくれるにちがいない。 ◇ オレは、勝手口の前で、ボロ雑巾みたいな男を拾った。 なぜ拾ったのか。そう思い返すと、勝手口が開けられなくて邪魔だったからというのが一番の理由だろう。 拾ったボロ雑巾は、今では家族兼、従業員兼、恋ビト兼、ペット兼、オレの宝物だ。 オレは、勝手口の前で 一生ものの恋を拾った……。 《終》

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