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63-[最終話1]耳とシッポは大切なヒトにだけ
ゴローくんがウチに来て、二度目の秋が来た。
天は高く、陽はうららか。
一年で最も過ごしやすい時期だ。
「ハクト、ゴローくんにこれ持っていけよ!」
商店街を歩くオレに八百屋のオウガさんが投げ渡してくれたのは、ゴローくんへの差し入れのミックスナッツ。
ゴローくんは、クールな外見なのに素直で純粋、ノンアノなのに勤勉というギャップで、いつの間にか商店街のおじさんたちのアイドル的存在になっていた。
「今日もゴローくんに店番任せてサボリか」
そんなクリーニング屋のオヤジの軽口に苦々しく笑顔を返し、ササッと手をあげる。
「ああ、ちょっと待て、さっきまた、携帯端末を片手にキョロキョロしてるおかしな奴がうろついていた。気を付けろよ?」
「ああ、あのカップルの男の子たちなら大丈夫ですよ。今頃ウチの隣のイートインカフェに行っていると思います」
クリーニング屋に気にかけてくれたお礼を言ってオレは古書店に戻った。
ゴローくんは商店街だけでなく、一時期ネットも賑わせていた。
最初は大きなノンアノがいるという噂。そしてそれがいつしか妖怪や珍獣の類のように言われるようになり、その珍獣を狙って写真を撮りにくるヤカラが出没。
そんなバカどもを商店街のオヤジさん方が排除してくれていたのだ。
しかし、荒っぽい方法で追い返すオヤジさんもいて、商店街の評判を落とすことになりはしないかと心配が出始めた頃、知恵を出してくれたのはやっぱりコクウだった……。
「ゴローくん、ただいま」
……。
声が遠い。やっぱり隣のカフェだな。
店の奥に新しく作ったガラス扉から覗くと、ゴローくんのスマートなエプロン姿が見えた。
実は半年ほど前、オレは二度と古書の魔界を作るまいと、倉庫代わりに隣の小さな空き家を購入したのだ。
路地にしか面していないため長いこと空き家で、このまま放置し続ければ倒壊の恐れも出るかもしれないということで、超格安で手に入れたはいいが、倉庫がわりに使うのはせいぜい一部屋程度。この家はオレの店の隣であり、コクウの店の裏手でもあったため、無駄にスペースを余らせておくならと、一部を改装してコクウと共同でパン屋のイートイン兼ブックカフェを始めることになった。
と言っても、カフェの経営はほぼコクウ任せ。オレとしては、余ったスペースの活用としか思っていないので、赤字にさえならなければ儲からなくてもかまわない。商店街の人たちがちょっと立ち寄れる場所ができるのもいいんじゃないか程度の考えだった。
しかし、コクウの目論見はもう一段上を行く。
リン……軽いガラスチャイムの音と共にドアを開ける。
店内はコクウの号令のもと、自分たちできれいに改装した。
白い壁とフローリング、テーブル席が四つ。ニスを塗り直した中古家具は手作り感があり、ホッと息のつける空間になっている。
やっぱり。
さっき表の通りで会った若いカップルが笑顔でゴローくんと話をしていた。
そしてそばのテーブルでは、近所で飼われているノンアノのリュウリュウちゃんが絵本を見ている。
「あの、一緒に写真、いいですか?」
「はい」
お客さんはゴローくんと撮影をして大満足の様子だ。
「はぁ……本当カッコ可愛いですよね」
長身の子がうっとりゴローくんを見つめる。
明るいグレーストライプのシャツに、グレーのジレは背面がチェク柄。シャツの袖を折り曲げ細いが筋肉質な腕を見せ、パンツはスッキリした九分丈。
長い髪はキリッと一本に結び、クールさが際立つ。
このスタイルはもちろん全部オレの趣味だ。
カフェスペースにいるときは必ずつける茶のエプロンがちょっと歪んでしまっているのも逆に色っぽいと思ってしまうのはひいき目だろうか。
イートインカフェなので、ゴローくんはコーヒーなどドリンクの注文があった場合のみサーブしている。
臨機応変な接客は難しいが、こんな風にお客さんの話し相手をすることもある。
ちなみに近所のお年寄りのお客さんにもゴローくん目当てのヒトが多いらしい。
「その耳、本当に本物なんですか?」
「はい。もちろん本物……ということで」
このゴローくんの微妙な言い回しはコクウに仕込まれたものだ。
コクウはこのカフェをオープンしてすぐ、パン屋のイートインであり、ブックカフェであり、ケモ耳のイケメンお兄さんに会える店として宣伝した。
ネットではノンアノのコスプレをしたイケメンが接客してくれるカフェとして小さく小さく話題になっただけだったが、その前に流れていたこの商店街にいる妖怪ノンアノは、実はただのコスプレ店員さんだったということで決着し、噂をほぼ潰すことに成功した。
コクウは最初からこれを狙ってオレにカフェの話を持ちかけてきたようだった。
ちなみにゴローくんはコクウに仕込まれた通りの対応をしているだけで、ノンアノであることを隠しているつもりはない。
しばらくはトラブル回避のため、この路線をつらぬくつもりだ。
そのうちに……。そう、数年後には、ゴローくんの遺伝子を受け継いだ子たちがノンアノの大型種として、一般にお披露目される予定になっている。
そうなればゴローくんももう奇異な目で見られることはなくなるだろう。
「あの、耳、さわったりは……ダメですか?」
「すみません。耳とシッポは大切なヒトにだけという約束なんで」
スッと艶っぽい視線をこちらに向けられ、ゾクっときた。
……うん。
これじゃあ誰だってノンアノだなんて思うはずない。
「そちらの店員さんは耳は付けないんですか?」
『あなたの方がノンアノっぽいのに』って言外の言葉がはっきりと聞こえすぎなんだけど……。
「オレは古書店の店員だから。それにこう見えても結構いい歳なんで」
「耳、ありますよ」
あああああ。ゴローくん、余計なサービス精神見せないで。
ゴローくんが取り出したのは、フェイクファーのキツネ耳だ。
これもコクウが買ってきたもので、根本に小さなボールが入っていて、頭の傾きによって耳がピクピク動くという超リアルな代物。
結局オレも大きな耳を付けてお客さんの写真に収まることに。
「いやぁ!本当に大っきなノンアノ!可愛すぎですー」
満足していただけたなら、オレのプライドなんて床に落ちたパンくずと一緒にポイですよ。ええ……。
「結構いってるって言ってましたけど、いまお幾つなんですか?」
「うーん、こういう格好をするにはちょっと微妙な年齢かな?」
察しろ。
「ゴローくんはお幾つですか?実はこっちの店員さんより若かったり?」
「いまは、八歳です」
「ひゃぁぁぁん!ちゃんと設定があるんですねぇ!」
嘘のつけないゴローくんが何を言っても、殆どの客はこうやって都合よく解釈してくれる。
そしてお客さんたちは大満足で帰ってくれた。
「片付け終わったら本屋に戻りますね」
ノンアノなのに古書店とカフェを兼業して、こんなにも勤勉で楽しそうで涙が出そうだ。
「まだ大丈夫だよ。リュウリュウちゃんが絵本を見てるし。ゴローくんに読んで欲しくて待ってたんじゃない?」
「そうですか!? リュウリュウちゃん気付かなくてごめんなさい」
実はオレより年上でおっとりしたノンアノのリュウリュウちゃんがふんわりとほほ笑んだ。
「ゴローくん、ボク、じぶんで読みたいから、わからない文字をおしえて」
ポンポンと隣の椅子を叩いて座るように促す。
リュウリュウちゃんはとってもお兄ちゃんらしい。
以前から絵本を眺めるのが好きだったが、ゴローくんが文字を読んでいるのを見て、自分でも読めるようになりたいと思ったようだ。
仲良しの二頭を残し、オレは古書店へ戻った。
そして始めたのは、とある仕込み作業だ。
オレはあきらめずにずっと『記憶に残る告白をするのに最適な特別な場所』を考え続けていた。
そして、思い至ったのだ。
ゴローくんとオレにとって最も特別な場所はこの店じゃないかと。
もちろんコクウにも相談し、頑張れと背中を押してもらった。
なんだか半笑いだったけどな。
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