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第1話
目の前でガタイのいい男が五人相手に暴れている。
早乙女天馬 は、タバコを燻らせながらそれを眺めていた。
色素の薄い茶色い髪を一度かき上げるとサラリと流れ、艶やかに天使の輪が光った。小さな顔に長い手足の八頭身でスタイルが良く、一見育ちが良さそうに見える綺麗な顔をしていた。
だが、目は冷ややかで一睨みされれば、普通の青年ではないことが伺い知れた。
その天馬の背中には、堕天使ルシファーが六対の翼を背負い両手を広げている。
「イッチー、あれが最近暴れてるって奴?」
天馬は隣で一緒にその光景を眺めている市村幸生に言った。
「そうだと思う。十河工業の奴って言ってたから」
「ふーん……」
天馬は興味無さげに、目にかかった茶色の髪を摘み、
(そろそろ切りたいな)
と、全く関係のないことを考えた。
最近、ルシファーのテリトリー内で、十河工業の男が暴れていると噂になっていた。
さして天馬は興味がなかったが、ルシファーのテリトリー内というのは面白くない、とは思っていた。
その日、市村とバイクを走らせていると、通り過ぎようとした公園で喧嘩をしている集団が目に入った。
二人はバイクを止め、その集団に近寄ってみると件 の十河工業の男だった。
「重機が突っ込んでるみてーだな」
市村は暴れている男を見ると、呆れたように言う。
「相手が英信高ってのが、マズイねー」
非常に、そう天馬は付け加えた。
「天馬、どうする?」
「うーん……」
天馬は少し小首を傾けると顎に手を添え、暴れてるいる男を見つめた。
男は190センチはあろうかという長身。ガッチリとした腕が、半袖のシャツから覗いている。坊主から伸びてしまったような半端な黒髪。もしかしたら、少し前までは坊主だったのかもしれない。
天馬が一番気になったのは、その男の表情だった。全くと言っていい程、表情が変わらない。殴られても痛がる様子もなく、ただ淡々と目の前の男たちを殴りつけている。目は相手を見ているようで見ていない、感情のこもっていない目をしていた。
(猛獣みてえだな)
暴れている姿はまるで獰猛な野生動物が暴れているようで、天馬は思わず苦笑した。
気付けば男の足元には、五人の英信高の男たちが倒れている。
天馬はニヤリと笑みを浮かべ、市村を見た。
「うちで飼おうか、あの猛獣」
市村はその言葉にギョッとした。
天馬は吸っていたタバコを投げ捨てると、男に近付き背後に立った。
「やるね」
天馬は薄っすらと笑みを浮かべ、男に声をかける。振り向くと、相変わらず表情のない顔を向けた。
顔だけ見ると喧嘩をするようなタイプに見えず、どちらかと言えば体育会系の雰囲気に思えた。
「名前は?」
「……」
男の眉間が微かに動いた。
天馬は男の目の前まで顔を寄せ、もう一度、
「な、ま、え」
そう言って、そのまま唇が触れそうな距離まで顔を近付けた。
ふと、その男がある人物と重なった気がした。
男は動揺する事もなく、冷めた目でただその場に立ち尽くし、天馬を見下ろしている。
「……宗方……太陽……」
そして、ポツリと掻き消されそうな低い声を洩らした。
「太陽くん?十河工業?何年生?」
コクリと頷くと、
「……二年」
また、ポツリと声を洩らす。
天馬と宗方はしばし至近距離で目を合わしていたが、天馬は一歩後ろに下がり距離を取った。
「最近、この辺で暴れ回ってるの、君でしょ?」
「……絡まれるので……」
そう言って、目を伏せた。
「絡まれる事をしてんの。散々、喧嘩してお礼参りされてるのわかんない?」
「はぁ……」
本当に分かっていないのか、少し戸惑った顔をしている。
「このままだと、毎日絡まれる日が続くよ?あげく、英信高に手を出したのは非常にやっかいだな。なんでかわかる?」
「よく……わかりません」
こいつはこっちの人間じゃない、そう天馬は思った。
こちら側の人間ならば、英信高校と黒き天使、そして、天馬が纏めるルシファーの存在を知らないはずがない。
この三つの存在が、この町の血気盛んな不良たちのバランスを保っていると言って過言ではない。
「毎日毎日、喧嘩売られてさー、ウザいと思わない?」
「ウザいです……」
本当に嫌なのだろう、今まで頑なに表情を崩さなかった宗方の顔が、今にも泣きそうな顔をしている。
「オレの言うこと聞けば、そのウザい毎日とおさらばできるけど、どうする?」
そう言って天馬は口元を上げ、宗方に顔を近付けた。
「何をすれば……」
宗方は伏せていた目を向けた。
天馬は形の良い唇の口角上げると、
「ルシファーに入りなさい」
言った瞬間、宗方の目が見開いた。
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