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第1話

 下校のチャイムが鳴った。薄曇りの空からはぽつりぽつりと細かな雨が降り始めている。 「じゃあ、悪い。先に行くな。傘、明日返すから」  親友である大介の隣には、春休みに付き合い始めたばかりの彼女の姿。  サッカー部のエースと、マネージャー。小さな傘の中に収まる二人は、まるで少女漫画にでてくるヒーローとヒロインのようだ。  もう少し経ってから駅に向かおうと座り込んでいるうちに、雨が段々強くなってきた。 「傘、ないの?」  貸さなきゃよかったかなと少しだけ後悔していると、後ろから声がした。顔は見たことあるけど、あまり話したことのない同級生だ。 「傘? さっきまでは、持ってた」  二人とも傘がないと言っていたので、貸してやったのだ。男一人なら走って帰りゃいいとかなんとか適当なことを言って。  男は視線を遠くに向けると、半分あきれたように笑った。もう半分は同情が混ざっている。 「ああ、あれ。優しいね」 「かわいそうだろ、濡れたら」  自分に言い聞かせるように言うと、男は開きかけた口をそのまま閉じ、言葉を飲み込んだ。 「……で、誰だっけ? 悪い。名前出てこなくて」 「俺、良平。水澤良平。去年、英語のクラスで一緒だったんだけど」  そういえばそんな名前のやつがいたかもしれない。俺が覚えてないことを悟ったのか、水澤くんはわかりやすくシュンと肩を落とした。 「名前くらいは覚えててくれると思ってたんだけどな。まぁ、いいや。傘、貸してあげる」  水澤くんは手にしていた二本の傘のうち、一本を俺に差し出した。  なんの特徴もないビニール傘だ。水澤くんが持っているほうは使い込んでいるのか、ちょっとだけスチールの骨にさびが浮いている。 「ありがとう。置き傘? 俺、そっちのボロいほうでいいよ」  俺が言うと、水澤くんは辺りを見回して声をひそめた。 「ううん。置き傘じゃなくて、その辺からパクってきた」 「へっ? ダメだろ、パクったら。返してきなさい」  水澤くんから受け取りかけた傘を押し返す。慌てすぎて、なぜかお母さんみたいな口調になった。  水澤くんは手で押さえる間もなく噴きだした。 「うそうそ。職員室で傘貸してくれるの知らない? 元々は落し物で届いた傘なんだけど、しばらく経って持ち主が現れなかったら貸し出し用にしてんの。こういう雨の日とか、たまに借りてる人いるよ」 「なんだ、パクったなんて冗談かよ。もっとわかりやすく言ってくんないと困るだろ」  俺が肩の力を抜くと、水澤くんは無邪気な顔で笑った。 「引っかかった。引っかかった。ついでに一緒に駅に行こう」 「引っかかったついでって、わけわかんない。まぁ、いいけどさ」

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