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第5話
「お茶飲んだら、少しは口直しになるんじゃない?」
水澤くんから緑茶を受け取り、ほったまごパンを飲み込んでから口にした。色々な味で大渋滞を起こしていた口の中がやっと平静を取り戻す。
水澤くんにペットボトルを返した。
「俺、ほったまごパンを食べる時は、もう絶対ホットレモン飲まない」
「ほったまごパン?! うん、いいね、ホットレモンは別の時に飲むほうがいいよ」
俺に背を向けた水澤くんの肩がふるえている。
「な、なんだよ」
「ぷぷっ、ほったまごパンって。ほったまごパンって何? カツの要素が全部消えちゃってるし。ほったまご……ぶふっ」
一度口を開いたら止まらなくなったらしい。肩のふるえが大きくなって、時おり笑い声がもれている。
「そんなに笑うことないだろ。ホットたまごカツサンドパンって言おうとすると、長いし、舌噛みそうになるんだよ」
「並木くんって、話すと意外に……」
「意外になんだよ!」
その続きは言わずに、水澤くんは手の中に握り込んだペットボトルをゆらした。水しぶきを上げる車の音でかき消されそうなほど小さな声で言う。
「全部飲んでもよかったのに」
「え? 結構、量あったし」
なんで残りを飲まないんだろうと疑問に思っていると、気付いた。
「ご、ごめん。俺と回し飲みなんかしたくないよね」
水澤くんからペットボトルを受け取ろうと手を伸ばす。水澤くんは慌てて首を振り、体の陰にペットボトルを隠した。手で顔をおおう。
「気持ち悪いとかじゃない。ただ、俺は意識しちゃうから」
手で隠しきれなかった水澤くんの耳が赤くなっている。
「あの、それは、どういう――」
「言わなきゃわかんない?」
「わ、わかる気もするような、しないような」
大介に何の気もなく食べかけの物を差し出された時の俺と同じ気分に、水澤くんはなっているんだろうか。
「どうして俺なの? 話したこともないのに」
素朴な疑問だった。水澤くんは顔をおおっていた手の隙間から、目だけ覗かせる。
「グラウンドの隅っこって、雑草が生えまくってるじゃん?」
「うん?」
「並木くん、雑草をぶちぶち抜きながら、視線だけはずっと大介を追ってるから、羨ましくなった。あんな風に思われたら幸せだろうなーって。あと、つむじが二個あるのが可愛い」
「つむじ?!」
「うん、つむじ」
本気なのか冗談なのかわからないことを言って、水澤くんは反動をつけてベンチから立ち上がった。
「電車の時間くるよ。行こう」
スマートフォンで確認すると、電車がくるまであと十分もなかった。急いで立ち上がり、ホットレモンをリュックにしまいながら前を向く。
「あ、」
日に焼けた水澤くんの首筋がまだ赤く染まっているのが目に入った。
「どうしたの?」
わざわざ立ち止まってくれた水澤くんから目をそらし、スニーカーを直すようなそぶりをする。心臓が妙に早く打っていた。
「なんでもない」
「そう? じゃ、行こうか」
うなずくと、水澤くんは早足で歩き出す。それに合わせて、水澤くんの手の中にあるペットボトルの中身がゆらゆら揺れていた。
ちゃぷん、ちゃぷん、ちゃぷん。
「勇人! 傘ありがとう。返す」
駅に着いて大介が俺の名前を呼ぶまで、水澤くんが握りしめているペットボトルのその後が気になって仕方なかった。
―END―
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