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第1話
もう限界だった。
「まだ見積書出来てない?はぁ…じゃあ明日10時までにはお願いします。」
「先輩今月も最下位ですね!最下位の人が教育係って笑えないですよ〜!」
「仕事の丁寧さがよかったのに、それなくなると何の取り柄もなくなるぞ。」
「お前またミスってたぞ。俺がフォローしてたからな。後で一緒に部長のところ行くぞ。」
大学を卒業して、ハヤナコーポレーションの営業部に所属することになった。
元々営業は向いてないだろうなと自分でも思っていたが、時々お客さんから感謝もされて、きついながらもやり甲斐も感じていた。
入社して5年目。いつからかは分からないが、ミスが増え、怒られることが多くなった。ミスをカバーする為に残業が増えていく。
また他にミスをしているんじゃないかと不安で夜があまり眠れなくなり、寝不足のせいかまたミスが増えた。
教育係をする立場でもあったが、後輩からは営業成績がいつも最下位の人が教育係をするのはおかしいと言われ、降ろされた。
よくしてもらっている先輩に相談したこともある。「色々することあって大変だけど、お金を貰って働いているんだから、きついことがあって当たり前だ。何があったときには俺がフォローしてやるから大丈夫だ。頑張れ。」と言ってくれて、今が踏ん張りどころだと頑張った。
しかしある日、多部署を巻き込む大きなミスをしてしまった。何とか大事には至らなかったが、さらに風当たりがきつくなり、その日を境にご飯を食べても味がしなくなった。
お客さんから顔色が悪いと言われ、何とか笑顔で誤魔化してたが、ある日兄が様子を見に家に来てくれた時に、俺を見て驚いた。どうしたのかと言われ、笑いながら仕事がうまくいかないことを話した。「無理はするな。親父みたいになるぞ。」と言われ、俺は泣きじゃくり、兄に見守ってもらいながら、退職届を書いた。
退職届を出す時も、1人の先輩を除いて他は声もかけてもらえず、胸が痛くなった。
仕事を辞めて数日。
今までずっと仕事に追われる日を過ごしていた反動か、テレビも携帯も見ず、敷きっぱなしの布団に転がり、部屋の窓から見える空と時々飛んでくる鳥を見ていた。
お腹が空いたと感じれば家にあるカップラーメンを食べで過ごした。まだ味覚は機能しないままで、何を食べても一緒だった。
兄からは一度実家に戻った方がいいんじゃないかと提案されたが、父親と一緒にいると父親と同じ道を想像してしまって帰りたくなかった。
「このままじゃ駄目だよな……」
仕事を探して、就職しないといけないと思っているが、身体は重く動かしたくなかった。
ぐぅ、とお腹がなった。家にずっといても、動かなくてもお腹は減る。
(カップラーメン……はなくなったな。レトルトは……オニオンスープがひとつか。)
冷蔵庫は麦茶だけある。とりあえず、オニオンスープを食べたが、スープだけ食べてしまったためか余計空腹感を感じた。
(さすがに買い出しに行こう。)
服はTシャツに半パンだったので、財布だけを持ち久しぶりに外に出た。
平日の昼間。色々と買い込むために、片道10分のスーパーへ向かっていった。
6月初旬でも、日差しを強く感じる。歩いているとうっすらと汗ばんできた。手で日差しを遮りながら歩いていると、木造建ての小さな食堂があった。
初めて見る店だった。
仕事している時は忙しくて通っていなかった道だったので、その間にオープンしたのだろう。看板に[なな食堂]と書かれている。窓や看板を照らす電灯はステンドグラスだった。雰囲気はカフェのような佇まいである。
お腹が空いていた、また外観が好きだったのもあり、ご飯を食べようとなな食堂に入った。
「いらっしゃいませ。空いているお席へどうぞ」
カウンターにいた人から声をかけられる。エプロンを1人だけ着ているので店主だろう。カウンターが6つ、2人がけのテーブル席が3つあった。カウンターに男の人が2人、テーブル席に女の人が1人いた。
人と面と向かって食事するのは苦手なので、端のテーブル席に座る。
店主がお水とメニュー表を持ってきた。
「はじめまして。ゆっくり選んで下さい。」
「あ、ありがとうございます。」
中の照明もステンドグラスで白熱灯のオレンジ色の光が照らしており、落ち着いた。
メニューを見るとメジャーな和食、洋食メニューは揃っていた。がっとかき込めそうな親子丼を注文する。
食事が来るのを待つ間にカウンターとテーブル席のお客さんが帰ってしまい、店主と2人きりになった。
音楽もなく、店主が食事を作ってる音だけがする。携帯も持ってきてないのでぼーっと天井のステンドグラスを見ていた。
ふわり、と湯気が顔を撫でた。
「お待たせしました。親子丼です。」
玉ねぎは飴色、卵が固まっている部分、半熟の部分もあり、ツヤツヤと光っている。
美味しそうな見た目だが、匂いがしない。
「ありがとうございます。いただきます。」
箸を割り、一口食べる。
やはり味はしなかった。
顔には出さずに黙々と食べる。
店主はカウンターの中におり、新聞を読んでいたため、緊張せずに全て食べることができた。
食べ終わり、「ご馳走様でした。」と手を合わせ小さな声で言った。
少し一息つき、会計にカウンターに設置されているレジへ行く。
店主も新聞を置き、レジの前にきて
「ステンドグラスが好きですか?」と話しかけてきた。
ご飯終わるまで最低限しか話してないので、急に話しかけられてびっくりして「あ、はい」とだどたどしい返事になってしまった。
「私もすごい好きで、自分の店にふんだんに使いました。友人にはステンドグラスのせいでカフェになってる、食堂感がないと言われましたけど。」
そう言ってややつり目のはっきりとした二重が三日月型になる。
雰囲気はカフェだと感じてたので、思わず「確かにそうですね」と答えてしまった。
店主は少し目を見開いて、またふっと顔を綻ばせた。
「美味しいコーヒーは出せませんが、また食事食べに来てください。おまちしております。」
味覚障害で親子丼を食べてもカップラーメンを食べても変わらない、外食はお金がかかるだけだなと思っていたが、口調が穏やかだったため思わず「また来ます」と返答してしまった。
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