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ワンコイン[1]
買い物を終えて自宅の扉を開く。夏真っ盛りの昼間は、いわゆる猛暑と呼ばれる気温。
心なしかひんやりとする室内の冷気がこちらへ流れ出る。ほう、と息をついて声掛けを。
「ただいま帰りました」
リビングを覗けば、その先には。
「ああ、おかえり」
ミルクティー色の髪が揺れて、振り向く晄さん。
「暑かった?」
「はい、とても…」
「一緒に行けなくてごめんね。冷蔵庫、入れとくから休んでて」
指し示すテーブルに乗っている氷の浮いた麦茶。お言葉に甘えてありがたく座らせてもらおう。
半分ほど飲み、ひと息ついたところでふと目に入る硬貨。端に置かれたそれを手に取って口を開いた。
「この500円玉、どうしたんですか?」
「ああ、ちょっとね…」
ガサガサとビニール袋を畳んで戻ってくる晄さん。隣に腰掛けて薄く笑った。
「感謝料、ってところかな?」
「感謝料…?」
首を捻った俺に、ひとつ頷いてからこう続ける。
「さっき、帰る途中で具合の悪そうな女性を見つけてね。熱中症気味だったから介抱して、家まで送ったんだ」
その時に貰ったものだという。
「そう、ですか……こんな日ですもんね」
素敵な行動だとは思う。ただ、なんとなく釈然としないのも事実で。どうしても声音に滲み出てしまう嫉妬に、自分自身で恥ずかしくなった頃。
「…ふふ」
柔らかく空気を揺らす笑い声。少し意地悪だった?と覗き込まれて思わず息を詰める。
「女性とは言ってもご高齢の方だよ」
「………えっ」
隣を伺えばしてやったりと細まる瞳。常よりほんの僅か、口元を緩めた彼が続けるのは。
「どうしても、って様子だったから。その場で断るのも心苦しいし…後でお菓子でも届けようかなって」
「へえ……」
「まだ妬いてくれるんだ。嬉しいなあ」
鼻歌と共にグラスを傾ける晄さんへジト目を送り、ひとこと。
「…今晩のお祭り、行きませんから」
おひとりさまを回避しようと繰り出したご機嫌取りは、結局夕方まで続いた。
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