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第4話
雑居ビルの一室の窓から、ツヨシは空を見ている。
「ツヨシさん、準備できてるよ」
スーツ姿で下半身を露出したカケルから声をかけた。
ツヨシは煙草の吸殻を空き缶に放り込んで、床に置いて片膝をついた。両手は肩のところで固定され、何かを担ぐような姿勢を保っている。
「いいぜ、来いよ」
カケルはその上に跨って、股間の銃の位置を彼の両手の上に合わせた。
燻った紫煙が空き缶の口から細く立ち昇っている。
双眼鏡を構えてカケルが標的の状況を報告。ツヨシはいつもの通りカケルの銃身を左手で握って……
ビクンッ!
カケルの脳裏にドーナツが浮かんだ瞬間、銃身が無意識のうちに跳ね上がった。
「おい! カケルッ!!」
なんたる失態であろうか、これが射出の瞬間であったなら間違いなく標的を外していたことだろう。
「ごめん! もうだいじょうぶ!」
ツヨシを動揺させまいと、大丈夫とは答えたものの、集中しろ、集中しろと念じるほどツヨシの左手がドーナツに思えてくる。今回の標的は敵対組織の重要メンバーだった。失敗した場合、二人の命でさえ定かではない。
「いくぜ!」
ツヨシの右手がきゃんたまに手を掛け、強く握ろうとした。
——しまった! 僅かにカケルの銃身が反応してしまった気がした。
「うっ」カケルが軽いうめき声を発して、カケルの銃身からは鋭い弾丸が打ち出された。
——後悔してももう遅い。全ては弾丸の行方が決するのだ。
空気を切り裂いて弾丸が標的の頭部へ一直線に向かう。ビルとビルの隙間を縫ってスローモーションのように弾丸が進む……
部屋のガラスが砕け散って……
弾丸は標的のすぐ隣を通過して、その部屋の壁を抉った。
——外した。
カケルは現実を受け止めきれずに、信じられないといった表情を浮かべて茫然となっている。
ツヨシはスコープから身を離して
「逃げるぞ」
とカケルに言った。
しかし、カケルは動かない。
「ツヨシさん……どうして組織を裏切ったんですか」
今度はツヨシの動きが止まった。
「いつ気がついた」
「上官から呼ばれた時に……。それに……」
カケルは少し言い淀んで
「ツヨシさんはきゃんたまを握って狙いを外したことは無い!」
だから確信した。
ツヨシは何故かここで、力の抜けたような笑みを浮かべた。
「そうか、お前は絶対に騙されると思ったんだがな」
カケルは、おんぼろのビルの床に染みついた汚れを見つめている。
「俺はただ、空の向こう側に行きたかっただけなのかも知れない。できればカケルと一緒に。敵対組織の奴から声がかかった時、もしかしたら本当になるかも知れないと思っちまった」
「やっぱり今日の標的は、ツヨシさんと繋がってる相手だったんだね」
「ああ、組織は俺のことを疑っていたんだ」
「最後に頼みを聞いてくれるか?」
カケルは頷く。しかし聞きたくはない。
「カケルの武器を見せてくれ」
いつのまにかカケルの頬には、溢れた涙がつたっていた。
下半身を露出したカケルの前に、ツヨシがひざまずいて言った。
「俺は最後まで『きゃんたまを握ったら一度も狙いを外したことのない男』だったよな?」
カケルは頷く。しかしもう何も聞きたくはない。
そして、ツヨシは銃口をつかんで口に含んだあと、カケルのきゃんたまを強く握りしめた。
了
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