20 / 37

第18話 黒が似合う男

 ――ザクッ、ザクッ    聞き間違いかと思っていた足音は、けれど確かに聞こえる。    街頭のない夜の闇から、一歩、また一歩と確実にこちらへ近づいて。   「ひッ」    言い知れぬ恐怖に思わず引き攣った声が漏れる。  慌てて、今いたベンチから立ち上がり後ずさる。  バクバクと心臓が嫌な音を立てて、ゴクリと息を呑む。  今になって、こんな夜遅い時間に出歩いた事を後悔するが、後悔してもすでに遅い。  お化けかもしれない、はたまた変質者などと考えれば考えるほど、恐怖で体が震える。    暗闇の向こうから近付いてくる足音。    蛍光灯の僅かな光がその正体を照らす。      その刹那だった――  ゾクリ。    全身が震える。  蛍光灯に照らされた男の姿を目にした途端、体の奥から震え上がる感覚。  男が放つオーラはまるで人を惹きつけるような、なのにどこか近寄りがたい雰囲気を持つ。  スラリとした長身に真っ黒なスーツの上から黒のトレンチコートを羽織っている。  まるで真っ暗な闇から浮かび上がったかのような、どこまでも黒が似合う男。    黒い髪はオールバックに固められ、モデルと見紛うような圧倒的な容姿。  それだけじゃない、暗闇に光るその瞳だ。    まるで射抜かんばかりの鋭い瞳は綺麗な黄金色を放っていて、その目はこちらを強く凝視している。  その瞳に射抜かれて、体は一瞬にして縫いとめられる。  瞳にその人を映した瞬間に、ぶわりと頭の芯が溶けるような。    体の奥がドロリと熱くなる。  呼吸も忘れてしまう程見つめ合う。  やがて、その人が再び雪を踏みしめ歩いてくるのに、しかし足は縫い付けられたように動かない。  まるで動くなと言われているみたいな。  体だけじゃない。空間をも、この目の前の男に支配されているような感覚に頭のどこかで逃げろと警鐘が鳴っていた。

ともだちにシェアしよう!