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PROLOGUE
「必ず帰ってきます」
寝台の上、私を後ろからきつく抱きしめながら、真摯な声で彼が言った。
年老いて体温の低くなった私と違い、若い彼の身体は暖かい。
彼は、そんなことは無いといつも言うが、20代の彼と40代も終わりに差し掛かる私では、もはや全く違うのは明白だ。
日に焼けた、綺麗にに筋肉のついた腕へそっと手を触れさせながら、私は頷く。
「ああ、私はここで待っているよ」
私の声は、僅かに震えていた。
彼は、明日この城を出て戦場へと向かう。
大きな実戦を経験したことのない彼が、生き残る確率は限りなく低い。
行かせたくなど無かった。
私以外に対してはガラの悪い彼だけれど、彼が本当は優しい性格なのは分かっている。
たとえ相手が人でなくとも、誰かを殺す事に躊躇いが無い筈がない。
私は、己の首につけられた従属の首輪に爪を立てながら、唇を噛んだ。
「唇が切れちゃうよ」
優しく咎めるように、彼が私の唇へと口づけを落とす。
「私が居なければ、君は自由になれたかもしれない」
私に嵌められた従属の首輪があるから、彼は自由に動けないのだから、と目で言えば、彼はゆるゆると首を左右へと振った。
「どっちみち、オレにも嵌められてるんだから。次が召喚されれば、オレはいらなくなる。だから、どのみちオレも死んでたよ」
彼の首にも、従属の首輪は嵌められている。
「今回のを成功させれば、あんたを貰える。オレはこれからもずっと戦わせられるかもしれねぇけど、でもあんたと居る時間は出来るはずだ。せめて、あんたが寿命で死ぬまでは、オレを生かしておいても良いってくらい。気に入らねぇけど、オレは我慢する」
真正面から見つめられて、私は年甲斐もなく、目を潤ませた。
「泣かないでくれよ。あんたが居てくれるから、オレは生きようと思ったんだぞ? どうせ、あんたの寿命短いんだからさ、残りの人生くれてもいいだろ?」
「馬鹿だな、君は」
茶化すようにさり気に失礼な事を言う彼に、私は僅かに微笑んで見せる。
「ああ、馬鹿なんだよ、オレ」
そう言った彼も、泣きそうなのに笑っていた。
私たちには分かっていた。
この約束は、果たされる事などないのだろうと。
刻一刻と迫る出発の時間を、私は彼と抱き合って過ごした。
これが、最後の別れになると分かっていながらも、さよならの言葉だけは言えなかった。
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