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第1話:邂逅

 私は、何故「王」になど生まれてしまったのだろう。  幼い頃から、傀儡の王と蔑まれ続けた私は、ずっと孤独だった。  父も母も生まれてすぐに病で亡くなり、国を牛耳った大臣たちの意のままに操られるように王となった私は、彼らの命じるままに、我が祖国であるエキドナの国政を行った。  そこには私の意志などない。  私が国の為を思って何か発言することは許されないし、私が城から出る事も許されない。  ただそこにあるだけで良い、置物、それが私だった。  血筋を残すべく、色々な女性たちと閨を共にさせられて子を成したものの、私には后はいない。  后に加えた女が、実権を握ろうとする可能性を大臣たちは潰している。  信頼できる相手などおらず、私は気づけば誰かと会話をする事も無くなっていた。  このまま老いて死ぬだけなのだろう、と私は思っていた。  けれど……。 「ああ? ふざけんな! なんでオレが、んな事しなくちゃならねーんだよ!」  私が47歳の誕生日を迎えるその日、この国に一人の青年が異世界から召喚された。  美しい黒髪を持った背の高い青年は、お世辞にも品が良いとは言い難い、荒々しい口調で国の重鎮たちを睨みつけながら怒りの声をあげていた。 「貴様、王の御前であるぞ!」  同席していた騎士団長が、吐き捨てるようにそう叫んだ。  心の中では私の事を蔑んでいても、彼らは対面上は私に忠誠を誓っているふりをしていた。 「知るか! 大体、勝手に人を浚っておいて、魔物と戦ってくれだ? 嘗めてるのか。どこの世界に、そんなやり方されて従うお人好しが居るんだ!」  青年は怒り心頭だった。  だが、正論である。  この世界、ミスリルメイズでは、ここ数年の間に、魔物と生きとし生けるものの大規模な戦いが、頻繁に勃発している。  かねてより、小さな争いはあったものの、今までは魔物のテリトリーを犯したりしなければ、襲われることは稀だった。  魔物の生息区域を避けさえすれば、それで殆ど問題は無かったからだ。  だが、欲望というものは果てしなく、魔物の生息区域に金になるものがある事に目を付けた人々は、魔物たちのテリトリーを大きく犯すようになり、それが彼らの逆鱗に触れたのだろう。  魔物たちは自身らの生息区域を広げ、人々を襲うようになった。  戦いは、数で勝る生きとし生けるものたちが一応は優勢ではあったのだが、ここ数年で魔物たちの勢いは増しており、徐々にその戦局は押されるようになってしまった。  それに伴って、行われるようになったのは、異世界人を召喚する儀式だ。  昔から、一定の数の異世界人の存在は知られている。  多くは迷い人と呼ばれる者たちで、字のごとくこの世界に迷い込んだ存在だ。  どうやって迷い込むかは明確には明かされていないのだが、大抵の場合気づけばこの世界に居た、というパターンが多い。  彼らは生活環境が原因なのか、比較的この世界の人間よりは体躯が華奢である事が多いが、この世界にはない様々な知識を持っていることが多く、彼らは尊敬の念を受けていたらしい。  多くの異世界人は、元の世界に戻ることを望んでいたが、多半数が帰ることが出来ずにこの世界で一生を終えていた。  しかし、時代が進むうちに、異世界人にとある力がある事が判明する。  強力な破邪の力を、彼らは生まれつき持っていたのだ。  この世界にも、破邪の力を持つものは居たものの、異世界人のそれは桁違いだった。  そして、年若い異世界人の中には、その力を切欠に冒険者となる者が現れ始めた。  それまでは、戦いには向いていないとされていた異世界人は、対魔物に対しての高い能力が判明した事で、一気に有名になり始めたのだ。  だが、これを切欠として、異世界人は悲劇の道を辿るようになっていく。  魔物の生息区域を強奪したいこの世界の住民は、彼らを利用するようになり、それだけならばまだしも、それを望まない異世界人にも強要するようになった。  力に覚醒してしまった異世界人を抑え込むのには苦戦はしたものの、異世界人は数が少なく、この世界では後ろ盾がない事もあり、異世界人は数の暴力で抑え込まれ、その首に従属の首輪をはめられてしまえば、もはや抵抗することは出来ない。  異世界人は捨て駒のように扱われるようになり、彼らの多くは魔物との戦いで命を落としていた。  人道に外れたこれらの行為に、勿論、異をとなえるこの世界の住民も多く居たが、そういった輩は家族を人質にされて従わせられたり、本人が暗殺されたりし、少数派となっていった。  そして、その後、激化する争いと共に迷い人だけでは足りなくなった結果、異世界から召喚する方法を思いついたのだ。 「良いか、どちらにせよ、貴様には選択権などは存在せん! 元の世界には帰ることは出来ない以上、この世界に留まるしかない。そして、生きるために必要なものは、貴様が戦う事でしか得られないのだからな!」  唾が飛びそうな勢いで、騎士団長は言う。  青年の首には、従属の首輪がしっかりとはめ込まれている。  これがある以上、逆らえば彼には死より辛い苦しみが待っているため、青年が従う以外の道はないのだと騎士団長は続けた。  だが、青年はその言葉を鼻で笑った。 「けっ、知るかよ。お前らの命令を聞くぐらいなら、死んだ方が良いに決まってるだろうが! オレは別に生きてたいなんて思ってねーよ!」  その言葉が強がりではない事は、青年の全身が物語っていた。  青年の持つ雰囲気から、彼が生きる事への執着心を持ち得ていないのが分かる。  端正な顔をしているが、顔色はどこか土気色をしており、鋭い瞳は荒んでおり濁っている。  喋り方も、どこか異常を感じさせるその様子に、騎士団長を含む国の重鎮たちは動揺していた。  こういった特徴の者はこの世界にもいる。  所謂、薬の中毒者だ。  苦痛を和らげるために使用する薬草や魔法薬は、強力な依存性を持つものがあり、扱い方を間違えると中毒となり、定期的に摂取しないと周囲に暴力振るったり、幻覚を見る事がある。  野放しにすると、周りに危害を加える事もあって、見つかれば牢屋へと入れられることもある。  似たような状態であるのは、ゆらりと揺れる青年の身体の動きからも明白だった。 「……し、失敗だ! 魔術師は、こんな者を召喚したのか!」 「なんということだ……」  宰相が、甲高く不快な声を上げて、此処には居ない召喚した魔術師を叱責するように叫ぶ。  騎士団長も頭を抱えている。 「代わりを探すんだな! はっ」  ぺっと、唾を床へと吐き捨てる青年に、近くに居た兵士が青年の頭を床へと叩きつけて抑え込む。 「立場をわきまえろ!」 「ぐっ……! ってぇな……!」  だが、青年は反抗的な態度を改める事はなかった。  兵士は、更に暴力加え様と剣を抜こうとするが、それを止めたのは騎士団長だった。 「やめろ! それの代わりは居ないんだ。やりようによっては使えるかもしれん」 「しかし!」  騎士団長は、兵士の言葉を剣呑な視線で一蹴する。  異世界人の召喚は、簡単に行える儀式ではない。  必ず特別な媒体を必要とし、膨大な魔力と、その儀式を成功させるための緻密な魔術の調整が出来る術者が必要なのだ。  今回の儀式でも、100人の魔術師の魔力が消費されており、術者自体も相当に疲弊している。もう一度召喚しようにも、なにせ、最悪の場合術者は命を落とすこともあるほどの術であるため、その術者が回復するまでは術を行う事は出来ない。  回復に至る期間は、なんと一年かかるとされている。  この小さな国で、この術を扱えるのは、その魔術師しかいないのだが、彼はこの国には必要な魔術師であるため、死なせるわけにはいかないのだ。  だが、一番の問題は、媒体だった。  この媒体は、異世界との扉を繋ぐためのもので、異世界人の世界のモノが該当する。  以前は、異世界人の持ち込んだ服や小物をを使用していたが、媒体は一度利用すると消滅してしまう為、同じものは使えない。  大抵の迷い人は、基本的にはその身体だけでこの世界にやって来ていた為、そうなるとすぐにそれらは消費されてしまう。  当初は、服などを小さく切れ端にして試みたが、そういったものは足りないと見なされるのか召喚には至らなかったようだ。  そうやっていくと、媒体の数は足りなくなっていき、この世界の住民は最悪な方法を取った。  それは、異世界人の血肉である。  そこから先の話は、言葉にするのも耐えがたい話だ……。  今回、媒体として利用されたのは、異世界人の目だったが、術の成功と共に消滅しており、この国には代わりの媒体は存在しない事から、2回目の召喚は絶望的である。  そのため、異世界人を傷つけて殺してしまえば、ただの馬鹿でしかない。 (この世界も、この国も腐っているな……)  目の前で繰り広げられる会話に吐き気を催しながら、私は異世界人の青年を見つめた。  まだ、年齢は20歳に届くか届かないかだろう。  目つきは鋭いが、どこか幼さも残っている顔立ちだ。  今は荒んでしまっているが、美しい顔立ちは人を惹きつけていた筈だし、やつれているのだろうか、やや細身ではあるが、背も高くすらりとしている。  年老いた私とは違い、本来ならば希望に満ち溢れた日々を送っている筈の彼が、こんな異世界に無理矢理連れてこられているこの現状に、私は心が苦しくなった。  私も、青年の立場と差異はない。  私の場合、戦いに赴く事は今のところ|は強制されていないだけだ。  私も、我が子が大きくなり王位につける程度までとなれば、あとは用無しとなる。  そうなった時、私の命は政治の道具となり、容易く奪われる事だろう。  だが、私も青年と同じく、この世に未練などありはしない。  今では、何かに心を動かされる事もないし、生きていても死んでいても、私には何もないのだから。    けれど、私は、濁った青年の瞳に、どこか親近感を覚え、数十年ぶりに興味を抱いた。  それが、私、エキドナ第5代国王エーリッヒと、異世界人であるエージの出会いだった。

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