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第2話:王と異世界人①

 異世界人を召喚した翌日、城内は騒然としていた。  重鎮たちは、朝から議会を開いているらしく、この場には居ない。  普段は必要以上には話さない使用人たちだったが、今回の件についてはやはり動揺を隠せないらしく、あちらこちらで小声で話しているのが聞こえてくる。  通常の人間であれば、聞き取ることは不可能だろうが、私には可能だ。    私は生まれつき、五感が優れている。  いや、優れているなどと言う言葉では足りない程と言ってもいい。  何せ、数キロ先の声まで聞こえるのだから。  生まれた頃から持っている力だが、両親からは決して人には話さないようにと言われて以降、他の誰にも話しておらず、両親が死んだ今は、誰も知らない話だった。  何度か、この能力を持っている話をすれば、少しは私の意見を周囲が聞いてくれるのではないかと迂闊にも思った事はあったものの、私はそれを踏みとどまった。  どちらにせよ、支配されるのは明白であったし、そんな余計な能力を持っている私を生かしていけないと害する可能性もゼロではない。  それに、魔術を使用すれば、それ以上の事を行う事も出来る為、そこまで強力な能力という訳でもない。  ただ、傀儡にするのに不要になる、教育を受ける事の出来ない私にとっては、この能力があっただけでも御の字ではあった。 「異世界人は、何をしても協力する気はないということよ」 「力づくで従えられるんだろう? 痛めつけたりとかは……」 「それが駄目なんですって……。拷問しても眉一つ動かさないんだって……」 「異世界人は荒事は苦手な種族だと聞いていたが……」 「例外もいるんでしょ」 「でも、そうなると魔物を抑えるのが……」  聞き耳を立てて聞いた使用人たちの話を纏めると、異世界人は拷問には屈せず、協力する気は無いと意志を通しているようだった。 (しかし、見かけには寄らないな……)  私は、青年の外見を思い出して、少し驚いていた。  昨日、あんな強気な態度をしていたものの、従属の首輪の力や、拷問を受ければ、結局は従うと私は思っていたからだ。  異世界人は、そもそも戦闘技術と言うものは殆ど持っていないとされている。  彼らの筋肉のつき方は、明らかに剣や槍を持つ風ではない。  子供の頃に一度だけ見た異世界人も、ほっそりとした体躯をしていたし、今回の彼もさすがにそこまでは細くはないが、身体の厚みだけで言えば、おそらくは私よりも細いだろう。  私は剣も碌に握ったことは無いのだが、生まれつき肉付きが良い事もあり、城で殆ど座っているだけにしてはそこそこの身体つきをしている。  背が、平均くらいしかない為、余計にそれが私の身体付きを、大きく見せているようだ。  そんな見せかけだけの私と比べても、どちらが強そうかと聞かれれば、おそらく大体の者が私と答えるだろう。  だからこそ、意外過ぎる話だった。 (もしかすると、彼は異世界では戦いを仕事としていたのだろうか? あんな若者が?)  しかしながら、あれ程気が短く、精神的にも不安定だろう青年が、そんな特殊な訓練を受けているようには見えない。  彼が何かの薬物の中毒であると言うのは、おそらくは間違いが無いため、薬物で普段の性格と乖離していると言う可能性もあり得るかもしれないが……。  しかしながら、今後の彼の扱いが気にかかった。  国が出した対価に対して、あの青年を殺害してしまうと言うのはあまりにも愚かな話である。  次回の召喚の媒体とするため、彼の身体をバラバラにしてと言うのであれば、使い道はあるし金銭にはなるが、宰相たちが欲しいのは異世界人の破邪の力なのだ。  いかに金を手に入れたところで、武力が無ければ意味は無く、こうしている間にも魔物たちは国の領土を侵害している。  また敵は魔物だけではない。  小国であるこの国は、いつも他国からの侵略に怯えている。  そんな状態で、儀式で失敗をして異世界人は使えず、国の中枢を担う魔術師は療養しているなどと知られれば、一気に侵略されかねない。  侵略してしまえば、媒体もそのまま手に入るのだから、余計にそうするだろう。 「いっそのこと、滅んでしまえばいいのかもしれない」  両親が存命だった頃は、まだこの国は正常だった。  その頃、既に他国では異世界人は召喚され、利用される消耗品のように扱われていたが、この国では忌避される事柄だった。  だからこそ、異世界人の中には、この国に逃げてきた者も多かったし、幼い頃に出会った異世界人もその一人だった。  両親はその異世界人の事を可愛がっていて、記憶は朧気ではあったが、私に優しくしてくれていたと思う。  しかし、度重なる情勢の変化は、非人道的なそういった思想を後押しするように過激になっていき、それでも何とか両親の治世で守っていたところを、両親が病で倒れた事で、止めることの出来る存在が居なくなってしまった。  両親が存命中は、臣下たちも異世界人を虐げる事はしなかったが、二人が亡くなった後はもはや饒舌に尽くしがたい惨状へと変わった。  捕らえられた彼らの末路は、地獄だった。  力のある者は戦いに駆り出され、適性がない物は媒体として売りに出される。  私は、私に優しくしてくれた青年が事切れた瞬間を今もまだ忘れていない。  そうして、その日から、私もまたお飾りとしての人生を歩み始めたのだ。  考えている途中、ノックの音が響き、室内へと入った専属のメイドが深く頭を垂れた。 「陛下、宰相様がお呼びです」 「分かった」  通常、王を呼びに来るのがメイドなど、ありえない話だ。 (まぁ、そもそも宰相が王を呼びつけるのがおかしな話だが、な)  私は思わず、苦く笑ってしまう。  これではどちらが王なのか分かりはしない。  だが、実質的な支配者は、宰相であることは違いはないのだから、考えるだけ無駄なのかもしれない。  長く生き残るには従う他ないのだが、最近の私は思う事がある。  早く、私を楽にしてくれないだろうか、と。  そうすれば、両親の元へと逝くことができるし、この穢れた世界からも解放されるのだから。

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