53 / 96
番外リコス国編:02
「なんか俺、ちょっとだけ修さんの気持ちが分かった気がする……」
先ほどの勢いはとっくに消え失せ、ウルと同じ馬車の中で蓮はうなだれていた。蓮が着せられている白い服は襟元や袖が盛大にひらひらとしていて――なんなら鳥の羽があちこちから飛び出している。勘違いしてステージに上がってしまったアマチュアビジュアル系バンドの、本人ではなくコスプレ感、といった微妙さがある。ウルが着ている服はまともなのに、神子の服となると途端にセンスが壊滅してしまうのはこの世界の特徴なのだろうか。だが、リコスに怒りのマダムは――いない。
「……まさか怒りのマダムの偉大さをこんなところで感じるなんて」
「リコス神の神子は最初の神子以来、現れていなかったということになるからな。神殿側も悩みに悩みぬいた末のその衣装だ。そのうち怒りのマダムを招いて、神子の衣服を検討しなおしてもらうように進言しておくさ」
ウルが笑いを堪えている。それを軽く睨んでから、蓮は小さな窓から見える景色へと視線を移した。緑が多くのんびりとしたアルラとは違い、様々な大きさの家々がぎっしりと立ち並んで賑わうリコスの王都の景色が流れていく。
「……エイデス家のお屋敷とか、どうなっているのかな。みんながみんな、ウルについてきたわけじゃないみたいだし」
「元々エイデスの本家から来ていた者もいたからな。新しい職場を見つけた者は別だが、それ以外はエイデス本家に戻しているから心配しなくていい。通いで屋敷の面倒を見てもらうことになるとは思うが」
蓮の心配を読んだようなウルの返事に蓮はほっとする。自分がいじっていた庭の一部分がどうなるかも少し心配だ。
こうやってまったく違う場所に来たのだと実感すると、エイデス家の屋敷のことが懐かしく思えてきて蓮は戸惑った。元の世界のことを懐かしく思うよりもアルラで生活していた時の方を懐かしく思ってしまう。
「アルラはリコスの王都からは近い。そんな顔をしなくても、そのうち連れて行く。……こちらが逃げているような感じでいるのも癪だしな」
「逃げるが勝ちって俺は思うけどね。でも、怒りのマダムたちには会いたいかなあ。何も言えないままだったから」
アルラ神に取りつかれた修に蓮が襲われ、元の世界に入り込んでしまったアルラ神を探したり……というファンタジックな経験をしている間、意識を失ってそれなりに大怪我をした蓮を連れ、ウルは生国であるリコスへと戻った。アルラ神を探す途中でジンジャーが付けたものがまさかのリコス神の神子である『徴(しるし)』で――あれよあれよという間に、蓮はアルラの比ではないくらい久しぶりに現れたリコス神の神子、になってしまった。
神子になったからといって、蓮自身が変わったのは胸元のあたりにリコス神の徴があるくらいだ。あえて言うなら蓮が庭の世話をしたところは、植物の成長が随分と早くなった気がする。しかし雑草も同じように元気よく伸びてしまうので、使い物になるかと言われるとかなり微妙な能力である。
「ところで、すごく今更なんだけどさ。怒りのマダムってずっと呼んでいたけど、マダムにも自分の名前はきっとあるよね。ウルは知ってる?」
「そういえば……きちんと名を尋ねたことがなかったな。私もつい怒りのマダムと呼んでいた」
ウルにちょっとした世間話のつもりで質問した蓮だったが、ふとした蓮の疑問に真剣に考え込むウルを見て、つい笑ってしまったのだった。
ともだちにシェアしよう!