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番外リコス国編:01
「いいか、レン。私と一緒の時以外は王太子宮から出てはならない」
リコスへと移り、すっかりと体調が回復したある日の朝。唐突にウルが放った言葉に蓮は目を丸くした。
「なになに、突然」
とりあえず咀嚼中だったものを嚥下してから聞き返す。ウルは真面目な顔で、もう一度同じ言葉を繰り返すと理由も説明してくれた。
「まだ王太子宮から一歩も外に出ていないレンが簡単にうろつけるほど、リコスの王都は狭くない。治安は良い方だが、だからといって悪人がいない訳ではない。うろついてその瞳の物珍しさやらで売り飛ばされたら大変だ」
「……つまり、奥様が迷子になるのが心配ということですよね」
最後までウルが言い終えるのを待って、マリナが要約してくれた。ウルは「少し違うが、そんなところだ」と頷く。
「いやー、いくらなんでも知らない街を一人でうろつこうだなんて、……俺もそこまで無謀じゃないよ」
慌ててそう返事をした蓮だが、内心ひやひやとした。折角新しい国に来たのだから、あちこち冒険する気満々でいたのだ。ウルとの付き合いは時間としてはまだ少ないはずなのだが、長年連れ添った夫婦並みに蓮の行動パターンを熟知していそうだ。
「レンは時折、私の想像の上を行く無謀な行動をするから心配だ。レンにまた何かあったら――」
「ないない、ないって。俺、これでも結構な小心者なんだから。大人しくしているって」
真面目な顔のままのウルに何とか蓮が笑い返す。ウルは訝しむように蓮の笑顔を見ていたが、やがて時間が来たようで席を立った。
「今日はひとまず、神殿への挨拶と……それから、私の両親のところへ行く予定だ。早く会わせろとどちらも大騒ぎしている」
「えっ」
外に出るな、という話から始まったので、今日も一日おひとり様王太子宮体験ツアーを決行するつもりでいた蓮は驚きの声を上げた。アルラ神の神子である修に頭を凶器で殴られた後意識を失っていた蓮は、リコスで目が覚めてすぐ、リコス神の神子であることが発覚した。そんな経緯はあるものの、自慢できるような超能力に目覚めたわけでもない。エイデス家の時と同様、庭いじりを早速始めていたので、このままスローライフを送ることになりそうだと考えていた。
「神殿って……なんかいよいよ神子っぽいな……。ちょっと待って、ウルのご両親って王様と王妃様ってこと? 俺、庶民なのに会えるの?」
「……庶民? リコスは王族を筆頭に篤くリコス神を敬っている。神子であるレンは、王よりも身分が上だ。つまり、この国ではリコス神の次に来る。本来はあちらがレンに挨拶に来るべきなのだが、レンがいるのが王太子宮だから……いろいろと面倒ですまない」
丁寧に説明しようとしてくれたウルの目にはさぞ間抜けな顔をした自分が映っていることだろう。そんなことを思いながらも、蓮はぱかりと開いた口がふさがらない。リコスの神子がこの国で二番目に偉いと、この男は言ってのけたのだ。
「奥様。神殿には、神殿の庭にしか育たないという幻の果物があるとか。それを使った特別なお菓子は、神殿に行かないと食べられないでしょうね。王宮には、とってもかわいい野生のオオカミの仔たちが見られることがあるそうですよ。もふもふです、もっふもふ。それから、王宮の裏を流れる小川の底には砂金が――」
「……幻のお菓子……もふもふ…………金?」
蓮がマリナの言葉を復唱していくのをウルが呆れた表情で見ていたが、もはや気にしていられなかった。
「行くしかないじゃないか!!」
だん、と勢いよく椅子から立ち上がった蓮を待っていたのは、神子のために神殿が用意した衣装を持たされた衣装係たちだった。
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